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映画について書いたもの

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映画評や映画文化にまつわる文章。
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#フォーラム仙台

郊外の鳥たち(監督:チウ・ション/2018年)

中国の地方都市。地盤沈下のため地質調査に訪れた青年は、廃校となった教室に残された日記を手にする。そこでは同じ名前の少年が生き生きと街で暮らしていた。それはかつての青年なのか、それとも単なる偶然なのか、映画はその問いに答えようともしないまま進んでいく。 数年の時を隔てているとはいえ、大まかには二つの物語が語られているだけのはずなのに、そもそも二つの物語は一つのものであったのか判然としないのはなぜだろう。睡眠中に見る夢のような、と言っても良い。夢というものは、起きてから思い出そ

無法の愛(監督:鈴木竜也/2022年)

鈴木竜也監督は、昨年(2022年)のPFFぴあフィルムフェスティバルで『MAHOROBA』を見たときに短評を書いた。同じく2016年のPFFで見た『バット、フロム、トゥモロー』の監督であること、また同郷であることを知り、急に親しみがわいていたのだが、それは必ずしもそうした理由からだけではない。 コロナ禍で時間ができたのでアニメづくりを独学でやってみた、というだけあって「一人でつくったがすごいCGである」などということは一切感じない、むしろこれなら真似できるのではないか?と思

ケイコ 目を澄ませて (監督:三宅唱/2022年)

『コーダ あいのうた』(シアン・ヘダー監督/2021年)や『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督/2021年)がアカデミー賞を取ったこともあり、ろう者を描いた映画、そして、ろう者を演じること、ろう者が演じることについて、多くの人が関心を寄せられるようになった昨今。撮影や編集など映画的な技術だけでなく、福祉、マイノリティーや労働問題などさまざまな視点から批評されるであろう題材をどう撮るのだろうという興味と心配は正直あった。ただ、監督がインタビューで「ボクシング映画は既に数多く撮

七人楽隊(監督:サモ・ハン、アン・ホイ、パトリック・タム、ユエン・ウーピン、ジョニー・トー、リンゴ・ラム、ツイ・ハーク/2021年)

香港は国ではない。中国の一部(特別行政区)である。第2次世界大戦のときには日本軍が占領したこともあるが、近代史から現代史の範囲に到るまでイギリス統治下にあった場所。しかし、もう私には1997年の返還後の記憶のほうが長い。経済的な繁栄を謳歌しつつ、一国二制度という奇妙な仕組みを与えられた、国のようで国ではない場所。一度も訪れたことはなく、子どものころテレビで見たジャッキー・チェンのカンフー映画と、TM NETWORK『Get Wild』のMVでメンバー3人があてどなく歩く背景、

アフター・ヤン(監督:コゴナダ/2021年)

AIロボット、アンドロイド、サイボーグ……どのような表現でも良いけれども、画面に立つ、あるいは、横たわる俳優をそう名指してしまえば、もう体から光を発したり、怪力を示す必要はない。「未来」という言葉が必ずしも喜ばしくも輝かしくも感じられなくなった今日、SF映画がSFたる意味は「現在とは別の世界線を示す」ことであると言える。 ほんの少し違和感を与えるような素振りを加えれば、私たちはすんなりとSF的設定を受け入れる。ロボットのヤンは、ほんの少しだけ肌や表情が滑らかすぎる演出がほど

『映画はアリスから始まった』(監督:パメラ・B・グリーン)

すぐれたドキュメンタリー映画には、いくつかの種類があるように思うけれども、そのひとつに、映画を見た後、濃密な講義を受けたような感覚を憶えるものがある。まさに「教育映画」ということなのかもしれないが、それは単に「勉強になった」ということだけではない。今まで知らなかったことを知るスリリングさと、その後の世界が変わって見える驚きを与えるという点で、陳腐な言葉だが「感動的な映画」である。 映画の原題となった「Be Natural」を標語として自らのスタジオに掲げていたというアリス・