メイド服のタカミー 第五話
髙見澤は足元の草を踏む音を聞きながら使用人入口に近づいていく。魔法使いの家のような奇妙な玄関を想像していたが、意外に普通の扉だった。
だが握り玉のようなものはない。写真機付きの呼び鈴でもあるのかと見回したがよくわからない。
戸惑っている髙見澤の額に光が当たり、手に冷たい何かが吹き付けられた。
「体温は36.7℃です。消毒用アルコールを手にすりこんでからお入り下さい。」合成された声が伝える。
続いてゆっくり扉が開いた。
外から吹き込んだ風に真っ直ぐな長い黒髪が揺れ、濡れるような瞳が髙見澤を迎えた。
「メリーアン?」
髙見澤の頭に覚えのある歌が流れ、登場する名前を思わず発したが、もし間違っていたらと口を一文字に結んだ。
「不思議ですこと。まだ名乗ってもいないのに私の名前を言い当てるだなんて。昔の恋人のお名前?」メリーアンは柔らかく笑った。
髙見澤の赤い巻き髪も風に煽られて揺れ、これからどうなるか先が読めない状況に張り裂けそうだった。
いつも一緒の櫻井と坂﨑と離れている。I want you stay for me. 誰かにいて欲しい。
それを察するようにメリーアンは言った。「ご安心を。私達がいつも一緒なので。誰にでも出来る簡単なお仕事ですよ。」
私達。メイドが一人二人だけな筈がないから他にも数名いるのだろう。
突然何処に行ってしまったり行かされたりということは無さそうだ。
ふうっと深呼吸して、髙見澤は周りを見渡す余裕を持とうと努めた。
無機質で広い玄関口に置かれた不釣り合いな古い調度品は何か語り出しそうだ。
髙見澤の身長と同じくらいの植物は軟体動物の様に不気味にうねうねと繁っている。
髙見澤が意識を向けるとうねうね動き出し、他へ意識を擦らすとうねうねした形に止まった。
壁掛け時計の針は普通の動きだが、文字盤に飋、護、参…と呪詛のような文字が使われている。眺めながら心の中でシツ、ゴ、サンと読みを再現していたが、一定の出来事や記憶を消し飛ばされそうに感じて、ゆっくり視線を反らせた。
と、一体の鰐に気づいた。
「コビトカイマン?」髙見澤が訪ねると、メリーアンは「ええコビトカイマンよ。よく知っているのね。」
「友達にやたら詳しいヤツがいて。蛇を飼ったら解散だって言ってあるけど。これ、動かないから剥製ですよね?」
「剥製、だったの。東京の上野で展示されていたのを細胞だけこっそり採取して、それを培養して育てて、いろいろ実験して、殺したのをまた剥製にして、それを何度も。可哀想に。元々の剥製は、今は新潟県で展示されているそうだけど。」
メリーアンは明日は我が身とでも言いたげに、両腕を交差させ自分の体を抱き締めていた。
その仕草を心配そうにみつめていた髙見澤に気づいて、メリーアンは慌てて取り繕った。「大丈夫よ。私達の仕事はこんなに怖くないわ。あなたの部屋に案内しなきゃ。今夜はゆっくり休んで。明日は朝から忙しいし。」
無駄な装飾もなく髪型も質素なメリーアン。
遠目からもはっきりわかる赤色の巻き髪と、主人に仕えると言うよりフリルやレースがふんだんに使われた舞台衣装のような髙見澤。
髙見澤だけが何か違う。何か、特別な何かがが。
しかし、櫻井が選んでくれたメイド服だ。きっと力を与えてくれるに違いない。
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