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#小説 記事まとめ

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note内に投稿された小説をまとめていきます。
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2022年5月の記事一覧

【短編小説】バンドマンとは付き合うな

10年前に書いた小説が出土したので置いておきます。 文学フリマ、ライブハウスなど紙媒体でで300部くらい売った記憶があります。 今読むとmixi日記のノリが懐かしいです。 2012年 / 21,244字(64枚) ■■■ 「帝都東京の東の果て、最果てはチバシティ、ゴーストタウンから参りました、極東ゥー皇帝ー!!」  ギターボーカルの阿佐ヶ谷さんがそう叫ぶと同時に、フロアからは野太い歓声が湧き起こり、何十本もの足がフロアを踏み鳴らし、小さなハコで地響きが起きた。  叫

【小説】ジャスミンの家

ジャスミンの花が咲いて、そして散る頃になると、私には思い出す家があります。 昔、この小高い丘にある町は、曲がりくねった狭い階段のような道ギリギリまで家を建て、多くの人が身を寄せ合うようにして暮らしていました。 彼らのほとんどは、夜が明けきらない時間にこの丘の町を降りて、大きな街に働きに出る職人たちでした。 大きな街では立派な建物や交通整備のために働き手が必要でした。 彼らは夕方まで働いて、疲れた体を引きずるようにしてこの町へ戻り、定食屋に入りお酒と軽い食事を取ると、眠るため

【全話】本当に怖くない猫の話

はじめに noteでこれまで書いた同じタイトルのものをまとめようと思い立ちました。この「本当に怖くない猫の話」を一つにしています。 正直、誰か読んでくださったかわからないですが、9万字以上も書いたんですね。 noteでは、ほとんど日記や読書感想文を書いています。たまにこうした小説を性懲りもなく書いていますが、あまり気にせずお付き合いいください。 誤字脱字など校正に手を出すと、話がすっかり変わってしまったり、いつまでもどうにもならず削除したくなってしまいそうな気がします。 何

【短編小説】君の毎日のキャンバスに僕の味噌汁を

口いっぱいに味噌汁の具をもぐもぐさせながら、目の前の君は「不思議だよねえ」と、真剣な顔でつぶやく。 君は、いつもそうだ。 2月25日。 君の誕生日は、3日後。 僕がプロポーズをしようなんて、 君は、少しも気付いていない。 他の女の子なら「早くプロポーズしてほしい」と気付かせるために、そんな話題を出すのかもしれない。でも君の場合、何の意図もそこにはない。 本当に、夫になる人がポタージュやミネストローネを飲みたいかもしれない、と勝手に想像を膨らませている。こうして僕の告

【短編小説】ピクニック家族

ある晴れた昼下がり。 家族が公園でピクニックをしていた。 「ここは全部が広く見渡せていいなあ」 「そうねえ」 大きな木のした、その家族はレジャーシートの上でただただ公園を眺めていた。 「お母さん見て!ちょうちょ!」 「あらほんとねえ」 「ねえ、お父さあん」 「なんだい?」 「追いかけてきてもいい?」 「あんまり遠くに行っちゃだめだよ」 「わかった!」 聞き分けのいいこどもはレジャーシートの周りでぐるぐるちょうちょを追いかけ回した。 お父さんとお母さん

理想郷の墓掘り人【SF短編小説】

 マキハラは、“Twilight Clean Service”のロゴが大きく描かれた社用車に乗り込むと、行き先を入力した。助手席に相棒のコウダが乗り込み、マキハラにコーヒーゼリー飲料のパックを手渡した。車は目的地に向かって自動走行を開始した。  移動時の雑談は、彼の楽しみのひとつだ。自宅での会話も悪くないのだが、やはり人間相手の会話の方が楽しいと感じる。ただ、それを若いコウダに言うのは憚られた。”ロボットより人間の方が〜”という文脈が「差別用語」化して久しい。彼は、結婚は基

【短編小説】大人になった彼女にチーズスフレは似合わない

「またお越しくださいませ。」 日曜の午前9時、僕は新大阪駅構内のお土産売り場で、スフレチーズケーキを一つ買うと、新幹線の25番乗り場に続くエスカレーターに乗った。 茶色の紙袋の中には、行儀よく白い箱がしまわれている。この箱の中には、雑に扱えば崩れてしまいそうなほどふわりとしたスフレチーズケーキが、外に出るのを今かと待ちわびている。 新大阪駅には、このスフレチーズケーキを求め多くの人が買いにやってくる。お正月も過ぎたこの時期だが、旅行や出張で来たらしい大勢の人達が、売り場

【ショートストーリー】さよならは自分から【1600字】

こつん、と信也の左肩に頭を寄せた。 何度も嗅いだ柔軟剤の匂い。見上げると、出会った時よりも緩やかになった頬のラインが目に入る。その柔らかな曲線を人差し指の腹でそっとなぞる。 「…何?」 怪訝そうな声が降ってきた。信也は自身の体型の変化を誰よりも気にしている。私は別にそれを指摘したかったわけじゃないけれど、彼はそう捉えたのかもしれない。 「別にぃ」 私の呑気な声に、何だよそれ、と呆れながら、信也は私の体重がかかった頭を押し返そうとする。 「もう最後だからさ、堪能しよう

行き場を失った二人の出会い…驚愕の結末が話題のサスペンス長編 #5 それを愛とは呼ばず

妻を失ったうえに会社を追われ、故郷を離れた五十四歳の亮介。十年所属した芸能事務所をクビになった、二十九歳の紗希。行き場を失った二人が東京の老舗キャバレーで出会ったのは運命だったのか。再会した北海道で、孤独に引き寄せられるように事件が起こる……。驚愕の結末が話題を呼んだ、直木賞作家・桜木紫乃さんの傑作サスペンス長編『それを愛とは呼ばず』。二人の運命が動き出す、物語のはじまりをご紹介します。 *  *  * 高校を卒業してから上京したのがそもそもの間違いだったのか、と振り返る