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[映画感想①]落下の解剖学ー裁判傍聴人となった観客

 ポスターやサイトのあらすじ、予告編にかなりミスリードがあったのが残念でしたが、考えさせられる素晴らしい映画でした。

下記に感想と個人的5段階評価を残します。
[総評]と[1.人に勧められるかどうか]以外はネタバレを含みます。


【2行のあらすじ】


フランスの山中に住む夫婦と息子の3人家族。ある日、夫が亡くなっていて、妻に殺人容疑がかかり、裁判がなされることとなった。

【総評】


サスペンスでも、ミステリーでもない。
著名作家の夫殺人疑惑を巡る裁判傍聴ドキュメンタリー調映画。
真実は分からない。提示された証拠においてあなたは何を信じるのか。


1.人に勧められるかどうか → 3(ものすごく好みが分かれる)【ネタバレなし】

  • あくまで本映画はミステリーでもサスペンスでもなく、裁判映画であるということを踏まえる必要がある。

  • 自分が完全に裁判の傍聴人になったかのような気持ちで、凄まじい臨場感。秀逸な映画。映画好きにはオススメしたい。

  • しかし、日本での宣伝(キャッチフレーズ、あらすじ)がかなりミステリーかのようなミスリードを生んでいる。めちゃくちゃミステリーっぽく宣伝してたな…。勘違いして見に行った人(私もその一人なのだが)が良くない印象を受けてしまいそうで勿体無い。

  • 若年層には受けない気がする。ある程度の年齢を重ねてから見た方が良い。カップルとかで観に行くのはオススメしない。

  • 性的な発言が一部あるので注意。描写はない。




※注意※ 以下2.~5.はネタバレを含みます ※注意※ 



2.脚本・セリフ・演技 → 5 (凄まじい)

  •  主人公の女性の演技力がえげつない、本当に。彼女自身は役柄と同様ドイツ人なのにもかかわらず、フランス語、英語での圧倒的な演技。細かな所作(指の動きや、裁判中に息子の方を見るときの眼差したるや)や表情(夫との喧嘩の際の、冷静だったのに徐々に埒が明かなくなってキレてる時の表情管理が凄い)、本当にこの人は現実にいる作家なのだと途中感覚がおかしくなったこの人が映画の主演をしていたらとりあえず見ようと思えるほどの演技だった。

  • 主人公も息子も泣きすぎて笑顔みたいな顔になる場面がそれぞれあって、なんか親子感があってよかった。

  •  (主人公が書いた本(「現実と本の内容にリンクがある」)と同様)映画内で裁判をしている状況を、私はただの観客として見ているだけなのにも関わらず、段々傍聴席で実際の裁判を見ているような不思議な感覚に囚われ困惑した。

  •  様々な社会問題の要素が組み込まれているのに(エンタメ消費される裁判、女性優位な結婚関係、国際結婚、性的趣向、視覚障害、多国籍環境下での裁判等)、いわゆる説教臭い感じはなく、自然体で見ていられるのはどうしてなのか。物凄くフラットに内容だけを読み上げるニュース番組を見ている感覚というか。ニュートラルで見やすかった。

  •  あらすじで「視覚障害がある息子」という文章を読んでしまっていたので、勝手に「目の見えない子の前で何らかの殺人が起こってしまい…」と妄想して映画館に入ってしまった。今からでもいいからあらすじを直してほしい。裁判映画であることを宣伝してほしい。ミステリーと思って映画館に入った人は怒って帰ってしまいそう。

  •  弁護士役、裁判官役、検事役の方の立ち振舞の絶妙なリアリティさ。話が二転三転しもやもやとした結論となるのも、実際によくある話である種の苦しみを感じた。

  •  犬に何かしらの賞を与えてほしい(嘔吐シーンはCGとかだよね…多分。頼む。)息子にも頼む。

  •  途中のTVコメンテーターが「実際に殺人だったかはどうでもいい。殺人だったほうが面白い」といった体のことを発言するが、めちゃくちゃ刺さった。個人的に完全に傍聴人目線で見ていたので、私自身も自分のエンタメ欲のために、この裁判を利用している傍聴オタクであり、この下劣なTVコメンテーターと同じなんだよなという嫌悪感を感じてしまった。

  •  弁護士は最初から主人公の友人で、かつ主人公に対し男女の情がありそうであるが、恋愛関係に最後までならなかったのは良かった。裁判内容も聞いていた上で主人公に愛情を持つということは、かなり才能にほれ込むタイプなのかも。実際に付き合ったり結婚したら破綻してしまいそう。このままずっといい友人で居てほしいと思った。あとイケオジが過ぎる。

  •  夫が自殺であっても他殺であっても、夫婦間に最初は確かに愛情があったんだなと随所に思わせるところが苦しい。喧嘩をよくするが朝ごはんは一緒に食べていたし、家の中にはたくさんの写真があった。夫は夫婦の会話を何回も録音してしまっていたけれど、それを離婚の材料には使わなかった事実がある。そこに情は確かにあったのに、もう夫がいないという状況がただつらかった。

  •  結局本当に殺人をしたのかどうかは分からず、法律上の結論のみが提示されて映画が終わったのは最初もやついていた。

  •  ただ、後から考えると、映画のラストのラスト。主人公は自分のベッドに入らず、夫が使用していたであろう書斎?の簡易ベッドらしきもので寝ていたように思った(違ったらごめんなさい)。そうであるならば、彼女は実際夫を殺してはいなかったのではないか。夫の死後直後に殺人犯として容疑をかけられ、裁判で自身や夫の暗い面を息子や世間にエンタメ的に露出され、息子との関係にある種の禍根を残す形でそれを乗り越えて。夫の使用していたベッドに飼い犬と共に寝ころんだあの最後の時に初めて、彼女は本当の意味で夫の死を悼むことができたのではないか。そう妄想して、勝手に感動して終わった。

3.音楽 → 5 (最高にホラー要素)

  •  映像上全くホラーは感じないのに、音楽だけである種のホラーを演出する謎技術がすごい。

  •  夫が流す大音量の南国系音楽の不穏感がすごい。

  •  不協和音を含んだピアノ音楽が場面転換に効果的ですごい。めちゃくちゃ怖かった。

4.映像 → 5 (見やすくて綺麗)

  •  山中のロケーションが美しい。雪が不穏に感じる。

  •  部屋の調度品がかわいい。

  •  冒頭の階段を落ちていくボールが印象的。

  •  裁判場内の場面が大半で映像的に退屈になりそうなのに、小道具を使用したり、無言のシーンは傍聴人を映したり、場面が素早く切り替わって飽きなかった。テニス試合の観戦者みたいに、傍聴人として発言者がいたらそちらに目を向けるような感覚があって見やすかった。

5.実際より体感時間が短かったか → 5 (いい長さに感じた)


・この映画はリアルな裁判だったので、ちょっと映画の内容から外れたことを考えてしまったり、主人公が有罪と考えていたら、違いそうと思ったり。よくわからんなと思ってたり、実際の上映時間より体感的に長く長く感じた部分があった。
・体感時間が短い映画ほどいいものだと思っていた。この映画に限っては、本当の傍聴人はこんな感覚なのかも…、と長く感じた感覚さえも素晴らしいように感じた。


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