あの「南蛮屏風」や「ザビエル像」のレプリカ制作も手がけた、レプリカマイスター遠藤誠の技術論
こんにちは、ナカシャクリエイテブの文化情報部です!
前回に引き続き、文化財のレプリカ制作についてご紹介します。2021年に始まった岡山県高梁市のプロジェクトでは、小学校の校舎に展示する机や椅子の復元だけでなく、まちの歴史を伝える紙の文化財のレプリカ制作も行いました。これらのレプリカはどのような工程で作られたのでしょうか。技師の遠藤誠にインタビューを行い、技術へのこだわりを聞きました。
1億5千万画素のカメラに、何が写る?
――高梁市の仕事では紙の文化財のレプリカも制作されたんですよね?
■遠藤:はい。復元された旧吹屋小学校の1階には、地域の歴史を紹介する展示室もあり、そこに展示するレプリカも当社で制作しました。これはその中の一つで、吉岡銅山の鉱山図ですね。
吉岡銅山では、ベンガラの原料となる銅や鉄鉱石が産出されてきました。鉱山の入り口の場所などが記されているのが、この鉱山図になります。
それから、こちらは商店の「絵札」ですね。吹屋地区の商店でポスターの役割をしていたものだということです。
また、こちらの絵札はベンガラの製造・販売を手がけていた片山家という家のもので、先ほどのものと同じくポスターやチラシのような役割をしていたそうです。
――レプリカ制作の流れを教えてください。最初はどんな工程から始まりますか?
■遠藤:まず文化財の所蔵先に行って、資料をカメラで撮影します。撮影に使うのは、1億5千万画素のカメラです。
――1億5千万画素! それだけ解像度が高いと、本物のようにはっきり見えそうですね。
■遠藤:本物よりもよく見えるんじゃないですかね。サイズの小さい文化財なら紙の繊維まで写ります。昔はフィルムのカメラを使っていましたが、デジカメの画素数が上がるにつれて少しずつ使われなくなりました。5千万画素のカメラが出始めた頃に、ほぼデジカメに切り替わったと記憶しています。
――撮影の次は何をしますか?
■遠藤:現地で文化財の色の調査をします。それから会社に戻り、撮影してきた画像をフォトショップで編集して、調査した色に合わせて印刷します。
――「色の調査」というのはどういうことをするんですか?
■遠藤:たとえば「紙の色はこの色」とか、「墨のところはグレーより少し茶色い」ということを、このような色チップの中から選んで確認するんです。
ただ、どれだけ色チップの種類があっても、「ほぼぴったり同じ色」というものは絶対にないです。なので、極力近い色のものを選ぶということになります。
その後、印刷したものを持ってまた文化財の所蔵先に行き、「色校正」ということを行います。印刷物と本物を見比べて、本物の色に近づけていく作業です。高梁市の仕事では、現地に絵の具を持っていってその場で色を合わせました。
どんな状況でもクリアできる引き出しを持っている
――絵の具で色を塗る作業は誰が行うのでしょうか。
■遠藤:「手彩師」という技術者に依頼します。手彩師の方は、印刷物の上に筆を入れて本物に近づける技術を持っています。それは、日本画家が行う「模写」とは異なるもので、「この色の印刷物にこの色を塗れば本物に近づけられる」という専門的な知識が必要になります。また、ものによっては僕が絵の具を持っていって色校正をすることもあります。
――手が震えそうですね・・・。そもそも色校正でズバッと色が決まるんですか?
■遠藤:決まるようにやります。そのやり方を言葉で説明するのは難しくて、経験して覚えるしかないです。たとえばこの印刷物を見ていただくと、2枚のうちこちらは少し黄色っぽいですよね。
――確かに、ほんの少し黄色い気が・・・。
■遠藤:この黄色っぽい方を、もう片方の赤っぽい色に変換することはできないんです。不思議なのですが、黄色っぽいものの上に赤っぽい色を塗っても、また黄色が出てきてしまいます。だから、色校正の時にわざと薄い色で印刷したものを持っていき、現場で色を合わせることがあります。濃い色を現場で薄くすることはできませんが、薄い色を濃くすることはできるので。その際も、黄色を消すことはできないので、それを頭に入れながら印刷する必要があります。
――奥が深いですね。色校正の後は仕上げを行うのでしょうか。
■遠藤:はい。色校正で「この色で仕上げてください」と決まった後に行うのが、工房でのさらに細かい仕事です。文化財の種類によっては文字を一つひとつ書くこともあります。
そこまで終わったら、本物の形状に合わせるために紙の周辺をカッターで切ります。
ただ、カッターで切ると鋭い切り口になるので、そこにペーパーをかけるんです。ペーパーをかけた部分はそこだけ白くなってしまうので、絵の具を塗って本物の紙の色に近づけます。
あとは文化財には折り目がついているものも多いので、その場合はエイジングといって、本物と同じ位置で折る作業をします。そこまでできたら、いよいよ納品ですね。
――折り目などの細かい部分まで本物に近づけるんですね。全工程でどれくらい時間がかかるんですか?
■遠藤:たいていのものは3か月あればできますが、屏風や掛け軸などの大きいものだと4か月くらいです。どのようなレプリカも基本はこのやり方を変えません。物によってクオリティを落とすようなことがあってはいけないので。
――今回の高梁市の仕事で、特に難しかった点はありますか?
■遠藤:紙物についてはすべてクリアできる引き出しを持っているので、それほど課題に感じた点はありませんでした。高梁市の方にも満足していただくことができ、とても良かったと思っています。
本物の文化財を目の前で見ることができる
――たとえば、遠藤さんが制作したレプリカに対して、お客さんが「もっと本物の色に近づけてほしい」と言ったとします。そういう時は、さらに近づけようとしますか?
■遠藤:もちろん、お客様が納得されるまで修正します。
――そこまで応えようとするのは、なぜなのでしょうか。
■遠藤:ナカシャクリエイテブは昔からレプリカ制作をやっていて、業界内で高い評価をいただいています。でも、僕がどこかで「もうこれで限界です」とお答えしたら、その評判は博物館などのネットワークでぱっと広がってしまうんです。「ナカシャクリエイテブのレベルが落ちたよ」と、当社のレプリカ自体のブランドが落ちてしまうので、そこは大事にしています。
――ちなみに遠藤さんはいつからレプリカ制作に携わっていますか?
ナカシャクリエイテブに入社したのが昭和60年で、その後5年ほどしてレプリカに携わり始めました。最初に携わった仕事が、「南蛮屏風」と「ザビエル像」です。
――社会の教科書で見た記憶があります! 「南蛮屏風」と「ザビエル像」が最初の仕事だったんですか!
■遠藤:そうなんです。以来、ほぼレプリカ一筋で、全国47都道府県すべてのお仕事をさせていただいています。国内だけでなく、豊臣秀吉が朝鮮出兵した時の資料のレプリカを作るために韓国にも行きました。屏風などの資料が釜山やソウルにあり、撮影に行きましたね。
――そういう歴史的な資料を間近で見た時は、どんな気持ちになりますか?
■遠藤:もう、びっくりしますね。「おお、見たことがある!」みたいな。しかもガラス越しではなく、目の前で見られますから。「関ケ原合戦図屏風」も間近で見ましたし。そういう時はうれしいですね。
――レプリカ制作の仕事をするためには、どんな能力が必要になるのでしょうか。
■遠藤:やっぱり「観察力」が必要だと思います。とにかくいろんなものを見て目を養うことが大切です。たとえば先ほどの「黄色は消えない」ということも、僕は手彩師の方がやっているのを見て全部現場で覚えたんです。だから自分で経験して覚えるしかないと思います。
あとは「気遣い」と「現場対応力」ですかね。博物館に撮影に行った時に、お客様はその撮影のために時間を確保して必要な資料をかき集めてくださっています。だから現場で何か問題が生じても「出直してきます」では済まなくて、その日に何としても撮影して帰ってこなくてはいけません。そのためには現場で「こういうやり方に切り替えよう」と判断する力が必要です。それをどこで養うかと言ったら、やはり経験しかないと思います。
文:堀場繁樹
写真:奥村要二