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先延ばしとうまく付き合うこと
誰もが一度は考える『先延ばし』に素直に向き合ったお話。
先延ばし魔の頭の中はどうなっているか
先延ばしと聞くとネガティブな感情が湧いてきたり、私は違う!と聞かれてもないのに反応したりする人もいるかと思います。先延ばしっていったいどういうことなんでしょうかね。
先延ばしてしまってまわりに迷惑をかけてごめん!となったり、自己嫌悪に陥ったり、でもなぜかまた先延ばしてしまう。先延ばしたらあとあとしんどいことになるとわかっていて人はなぜ先延ばしてしまうのか。
15分弱のティム・アーバン氏が行った講演に先延ばしの本質の一部が見事に含まれていますので、ご覧ください。堅苦しくなく笑いながら視聴できます。
先延ばしの正体
アーバン氏はモンキーとパニックモンスターというキャラクターを脳内に存在させて先延ばしの本質を伝えました。さらに先延ばしには2種類あると述べました。
この講演はリアルタイムで見ていましたが、それからずっと先延ばしに関するいろんな情報を探して調べてみましたが、わかったことがいくつかあります。これたぶん先延ばしの正体ですね。
それは、
先延ばしは多くの人が経験する一般的な行動
ケースは違えどいろいろな経験をみんながしている先延ばし
先延ばしは、生物学的に言えば生き抜く知恵
です。そして見つけた情報のほとんどが、
先延ばしはしない方法を考えよう
こうしたら先延ばししなくなる
先延ばしは長期的にみて精神的によくない
など、先延ばしはネガティブなことだから是正せよ、という内容です。
先延ばしってほんとに悪?
先延ばしってそんなに悪いことか?
あまのじゃく的考えの私はいつもこう感じ、先延ばしの周辺にある事実を認識したうえでこの答を求めていました。かなりずっと前から。時間がかかりましたがようやくわかったことがあります。
アーバン氏が言う「みんな先延ばし屋」とするなら先延ばしでもいいじゃないか。確かにそうは考えられます。しかしそれでも先延ばしは、通常は悪にされる。生き抜くことをテーマにしている自分としては先延ばしの本質を知らねばならないと考えました。
科学的見地から言えば、先延ばしはいくつかの心理的な原因が関係しているそうです。
・自分を守る身体の反応
→タスクが脅威と見なされ、避けることで自分を保護しようとする
→タスク完了の必要性を認識すると恐怖反応を引き起こすホルモンを放出する
・不安定な集中力や感情調節の難しさ
→ADHD(注意欠如・多動症)を持つ人々はこれが原因で先延ばしをする傾向がある
・報酬を得る確実性が低い
→確実性が小さいと動く動機にならない
・得られる報酬が小さい
→報酬が小さいと動く動機にならない
・報酬を得るまでに時間がかかる
→すぐ得られないなら動く動機にならない
・衝動に負けやすい
→アーバン氏が言うDark playgraoundですね(笑)
これらの特性が、目の前の作業に対する心理的な抵抗感を引き起こし先延ばしを起こりやすくしているということでした。
先延ばしの本質
先延ばしのメリットとしては、短期的には精神的な負担を回避します。しかし長期的にはネガティブな気分や自尊心の低下を引き起こします。
そして先延ばしに対する世の中の反応はほとんどが、
・先延ばしは改善すべき
・その改善は精神的な健康にとって有効
です。
でも私はそうは思いません。先延ばし上等、なんなら先延ばしとうまく付き合おうじゃないか。
それが自分だ。先延ばしをしてしまう自分も自分だと認めて、おサルとパニックモンスターとうまく付き合いながらやればいいじゃないか、という考えに至りました。
もちろんアーバン氏が言う、あとどのくらい残された時間があるか?を考えた方がいい、という点は完全同意です。その上で、先延ばしの本質とは、
先延ばしな自分を気づかせるための自己防衛本能
と結論づけました。
人間すべてが持つ性質の一つとしての先延ばし。これについてはかなりの時間を使って考えてきた1つの本質です。
おサル、パニックモンスター。この例え、アーバン氏は非常に素晴らしい思いつきでした。でもきっとこれも彼の先延ばしシステムが作り上げた、ひとつの先延ばしへの解だったのかなと思います。
みなさんは先延ばしに対してどう考えるでしょうか。
いずれの考えに至ったとしても最終的には自分への見つめ直しに帰ってくることは間違いないので、近道をいくか遠回りをするか。そこはみなさま各自の選択、ということでしょうかね。
残された時間を考えながら、本当に先延ばしていることは何なのか?
アーバン氏が問いかけるこの問いには真摯に向き合う必要がありそうです。