今でも忘れられない、スリランカでガイドさんが語ってくれた夢。
何も考えずぼーっとしている夜にふと思い出す旅がある。
6年前に1人で訪れたスリランカ。湿度の高い空気とどこか懐かしさが残る一方で都会な雰囲気が漂う街。
ほんの5日間の短い旅だったけれど今でも頻繁に思い出すのは、旅の終わりにガイドさんが語ってくれた言葉があるからだ。
スリランカへ訪れたのはよくある理由で、行ってみたい観光スポットがあったから。知り合いの旅好きからシーギリヤロックがよかったと聞いて調べたら「え、森の中にこんな大きな岩がある。しかもその上に王宮!?これは実際に見てみたい!」と、特にその国の歴史を深く調べることもなく、ガイドブックを片手に降り立った。
よく海外旅行をしていたけれど英語もそれほど自信があるわけではないし、言葉がどれだけ通じるのか分からなかったから、現地のガイドさんを手配していた。到着日はフライトが遅れて、着いた頃にはもう夜も深く、空港のお店はほとんど閉まっていたように思う。出口を抜けると、人気のない空港に、私の名前を書いたカードを持っているガイドさんを見つけた。
スリランカ生まれスリランカ育ちのそのガイドさんはフレンドリーで優しく、日本語がとても上手だった。滞在している間は、車に乗り市内をまわりながら、スリランカのことを色々と教えてくれた。日本との交流の歴史や今のスリランカのこと。そして紅茶が安くておいしいことも(実際においしくて大量に買って帰った)。
食事もそうだ。ホテルの朝食はバイキング形式だったのだが、そのなかに緑色をした不思議なお粥があった。あとで調べたら薬草を使ったお粥でコラキャンダというそうなのだが、最初は正直なところ見た目で食べるのに抵抗があった。
「おいしいよ。この砂糖と一緒に食べるんだよ」。黒砂糖を手にしたガイドさんからそう聞いた時、「え、これおいしいの?しかも砂糖と?」と疑いの目を向けてしまったのだが、これが絶品だった。黒砂糖をひとかじりしてお粥を食べると、ちょっと苦味のあるお粥に砂糖の甘味が見事に調和。毎朝食べるほどにすっかりはまってしまった。自分で調べてまわる旅もいいが、やはり現地の人の情報はリアルで発見があることを実感したものだ。
豊かな自然が広がり、街はちょうど訪れた頃は国をあげてのお祭りの時期で、夜は出店が軒を連ねて人々であふれていて。気さくに手を振ってくれたり、謎に歩きながらハイタッチをしたりもした。
スリランカはとにかく魅力的な場所で発見も多かったが、私が特に忘れられないのはこの後のことだ。
最終日、ガイドさんとお茶をした。開放的なオーシャンビューの席、そしておいしい紅茶。心地よい潮風を浴びながら夕暮れを眺めていると、ガイドさんが何気なく話し始めてくれた。
スリランカは長い間、内戦が続いて多くの人が苦しんだ。でもそれがようやく終わり告げ、今、スリランカの人々は前を向いて国を盛り上げようと立ち上がっている。
観光に力を入れていて、海沿いではホテルの建設ラッシュ。そしてガイドである自分たちは、より多くの人たちがこの国へ来てもらえるよう、スリランカのいいところを一生懸命伝えているのだ、と。
思えば海沿いの遊歩道でその光景を目にしていた。それも世界の名だたるホテルだ。それを見た時は「ここにも建つんだ」ぐらいにしか思わなかった。
だけれどこの話を聞くとまた違ったように見える。
あの工事現場の一つ一つにはスリランカの人たちの国を盛り上げていきたいという強い思いがあったのか、と。そして、熱心に国の文化について語るガイドさんの存在。
いつものように観光気分で訪れていた私には、歴史を知らずにいたことへの後悔を覚え、深く胸に刻まれる言葉になった。
内戦が終結したのは2009年のことでそんなに遠い日のことではない。けれども街には確かに前向きに進もうとする勢いがあって、スリランカの人たちは内戦の歴史を感じさせないほどに生き生きしていた。
誰かが前を向いてがんばっている姿を見ると、不思議と自分もがんばろうと思えてくる。そんな経験は誰しもあるはず。私にとってあの旅も同じで、ガイドさんの言葉とビーチサイドの光景を思い出すたびに、踏ん張ってがんばらなければと思う。スリランカは私にエネルギーを与えてくれる旅になった。
そんなスリランカで数年前、テロが起きた。被害を受けた場所には、宿泊していたホテルも含まれていた。それから新型コロナウイルスの拡大。
スリランカはどうなってしまったんだろう。ガイドさんはどうしているだろう。旅の記憶とともにそう考えることがある。
「ぜひまたスリランカへきて欲しい。お友だちにもスリランカのいいところを伝えて欲しい」。帰り際、ガイドさんはそう言った。
「スリランカって危ないんじゃないの?」
スリランカの話をするたびに家族や友だちにそう聞かれたことは何度もある。そのたびに私は伝えている。実際にスリランカはそこまで危険な国ではないと思っているし、自然も街も素晴らしかった、と。紅茶やカレーをはじめ、ご飯もおいしいという言葉を添えて。
だからコロナが落ち着いて、またあの国へ訪れることができる日がくることを私自身も強く願っている。