ゲームデザイナー上田文人に魅せられて①。美しい世界で紡がれる冒険物語『ICO』。
エンディングを迎えた時、1冊の本を読み終えたような、1つの映画を観終えたような、そんなに気持ちになる。上田文人さんが作るのはそんなゲームだ。
代表的な作品は3つあって、その中でも私がはまるきっかけとなったのは2001年発売の『ICO』。壮大なスケールと繊細なストーリーで描かれた作品だ。
少年少女が城を脱出するアドベンチャーRPG。
ICOは、薄暗く静まり返った巨大な城を舞台に、少年少女が謎を解き、時に戦いながら城から脱出しようと進むゲームだ。
私たちが操作をするのは、タイトルにもなっているICO=イコという少年。彼の頭には、ほかの人間と違い角が生えている。それが原因で巨大な城へ生け贄として連れていかれ閉じ込められて……。物語はそんなプロローグで始まる。
どうにか脱出しようと城を動き始めたイコが出会ったのが、儚げな印象の少女ヨルダ。自分以外に誰かがいることに安心するけれど、最初の登場では鳥籠のような檻に閉じ込められているし、そこから救い出せば、次は黒い影が彼女を連れ去ろうと襲いかかる。
なぜ閉じ込められていたのか。なぜ影はを襲うのか。そもそも何者なのか。その謎を抱えながらも、イコは一緒に城を抜け出すことに決めるのだ。
シンプルなギミックなのに奥深い。
仕組みは至って分かりやすい。ジャンプ、物を掴む、攻撃する(棒を振る)などのアクションで城の罠を解きながら進んでいくのだが、ちょっと頭を使わないとクリアできない場面も多々ある。
私たちが操作するイコは身体能力の高い丈夫な男の子。高いところから落ちても平気だし、遠くまでジャンプもできる。一方でヨルダは華奢でか弱い女の子。道が抜け落ちてるところは渡れないし、しばらく一人にしておくと影にさらわれてしまう。
一見ヨルダが足手まといのように思うかもしれない。だが、彼女にしか開けられない扉があったり、とある一撃で影を全滅することができる。
時にイコが力で助け、時にヨルダが不思議な力と知恵で助ける。こうしてお互いが無くしてはならない存在でストーリーは進んでいく。
ただ、ヨルダの言葉は分からない。言葉が通じないのだ。
厳密に言うと後々分かるようになるのだけれど、それでも基本的にはヨルダの仕草で汲み取っていく。だが不思議と伝わってくるものがあって、コミュニケーションは問題ない。イコが迷っているときはヒントをくれるし、呼べばそばにきてくれる。
そして、このゲームに欠かせないアクションがある。それはヨルダの手を繋ぐこと。これこそが、このゲームの醍醐味だと思う。
実はヨルダの手を握ったときに、コントローラーに微かな振動が起こるのだが、それがまるで自分が手を繋いだような感覚にさせてくれる。初めはちょっとどきどきするものの、いつの間にかこの手をとって進んでいくのが当たり前になる。そして時間が経つとともに絆が強くなっていくような気がするのだ。
特に私が好きなシーンは、序盤の壊れた橋を飛び越える時。対岸から手を差し伸べるイコと勇気を出して飛ぶヨルダ。彼女の手を掴んだことが振動で伝わると安堵し、ここで初めて信頼してくれたように思えて嬉しくなった。
ずっと眺めていたくなる美しい景色が次々と現れる。
イコとヨルダが歩き回るのは、広大な敷地を持った城内。女王がこの城を支配しているのだがプレイ中はほとんど姿を現さないし、ほかに生きている人の気配がない。不気味な像が立っていたり、ところどころ古びて壊れていたり。その静かで厳かなたたずまいに少し緊張感を覚えるけれども、ただ怖いわけではない。
それは、音や光の加減といった繊細な演出がとにかく美しいからだ。例えば、中庭は鳥の声や風のそよめき、木漏れ日が美しくて、意味もなくそこに長く滞在してしまうぐらい。
あちこち行って覗いてみたり、ぼんやりと景色を眺めたりとゲームの進行に関係なくその世界観を味わいたくなる。また、次はどんな景色が広がっているのだろうかと場面を進める度にワクワクするのが、ICOで描かれる世界の魅力だ。
そしてプレイをしていて感じるのは、城の圧倒的なスケール。もうとにかく広くて大きいのだ。長い橋を渡っている時もゴールは見えているのにたどり着くまでが長く感じ、高い城壁から下を覗くと地面までがあまりに遠くてヒヤッとする。ICOが発売されたのは、2001年のこと。その時にこれだけリアルで美しいビジュアルが描かれたことに改めて驚かざるをえない。
話は逸れるが、これと同じような感覚をカリフォルニアのヨセミテ国立公園で感じた。太古の木々の間を歩く時その木の高さと幹の太さにただただ圧倒され、近くに見える岩肌へ向かって歩いて行こうとしても全然たどり着かず、その広さにとにかく驚いた。この時「ああ、スケールが違うってこういうことなんだ」と心の底から思ったのだ。
ICOは、高さや大きさ、距離など空間の造りに対する人間の感じ方をゲーム内で丁寧に表現しているのだと思う。だから謎解きを楽しむだけではなく世界観にどっぷり浸かれるのだ。
この冒険物語は、大人になっても忘れることはない。
ネタバレを避けるためあまり詳しくは書けないが、城の謎が解け決着がつくその時は、あまりに切ないラストが待っている。
ICOのキャッチコピーは、「この人の手を離さない。僕の魂ごと離してしまう気がするから——。」。ゲームを終えてコントローラーを置くと、確かになんだか少し寂しくなる。1つの旅を終えた時のような、そんな感覚に近い。
きっとそれはヨルダと手を繋ぎ、助け合いながら城の中を走り回った時間の積み重ねからなのだろう。手を繋ぐこと。ただそれだけのことが、ゲームとしては新鮮で、とても大事なことのように感じた。だから発売からおよそ20年経った今でも、私の中に色濃く残っているのかもしれない。
ICOはPS2ソフトで発売され、PS3のリメイク版まで出ている(個人的にはPS4版が出てくれることを待ち望むばかりだ。)。宮部みゆきさんによる小説も出版されていてそちらもおすすめだが、PS3があれば秋の夜長にじっくりとプレイしてみて欲しい。