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107回目 "The Fixer(修理屋)" by B. Malamud を読む(Part 4)。容疑者への尋問の後は、被害者側の事情見分・聴取。「事実」と「事態の認識」との間を埋めるすべの重要さにハッとさせられます。

ウクライナ、ロシア、ベラルーシ、リトアニアなどこの小説に関わる地域の臭いを今少し勉強したいと画策していてNHKのサイトに分かり易い記事を発見しました。

元駐ウクライナ大使で『物語 ウクライナの歴史』の著者の黒川祐次さんに、キエフ・ルーシの歴史について話を聞きました。』として書き始められる記事です。私の今回の投稿記事のバナーの背景写真はこの記事から頂いています。



1. 殺害された児童の母親の住まいの前で、心に潜む反ユダヤ人的感情を煽るような証言をするよう官憲たちから求められます。

児童の死体が発見され、その葬式も終了し、Yakov が容疑者として逮捕され拘置所で尋問を受けていた期間内に、Yakov が勤務していたレンガ焼成工場に在る馬小屋が、その二階にあった Yakov が寝泊まりしていた部屋もろとも火災で焼失しました。その後あまり日数の経たない、雨模様の一日のことです。秘密警察組織に所属する法廷検事 Grubeshov を始めとする官僚や警察官たち、更には教会の神父までが集まって来て、犯人を特定するための証言聴取の集会が開かれました。

[原文 1-1] "Start from the beginning," Grubeshov said to Proshko, dressed in his Sunday thick-trousered suit with short jacket. "--I want to hear your earliest suspicions."
  The prosecuting Attorney had planed this re-enactment, he had told the accused, "to let you know the inescapable logic of our case against you so that you may act accordingly and for your benefit."
  "But how for my benefit?"
  "It will become clear to you."
  The foreman blew his nose, wiped it in two strokes and thrust the handkerchief into his pants pocket.
  ”On one look I knew he was a Jew, even though he was faking that he was a Russian. It's easy enough to tell an onion from a radish if you are not color blind."
[和訳 1-1] 「ことの初まりから話を聞かせてください。私はあなたが初めて疑いを抱くことになった経緯を聞かせて欲しいのです。」とグルベショフがプロシュコに合図を送りました。プロシュコは厚手の生地のズボンと腰までの上着という整った服装です。
  法廷検事は今回の集会で犯罪実行に至るまでの経過を再現させたいと考えていました。ここに連れて来られていた容疑者には「今回のお前の反抗に至る経緯をお前に見せて我々が調べ上げた論理が如何に完璧で、お前には観念するしかないことを納得させたいのだぞ。これもお前の為だぞ」と言い聞かせていたのでした。
  「そんなことおっしゃっても、何故に私のためなのですか?」
  「それは今しばらくの内におまえにも解るさ。」
  ここであの工場管理人が鼻をかみ、その跡を二度拭き取るのに使ったハンカチをズボンのポケットに戻しました。
  「一目見ただけでこの男はユダヤ人だと私には解りました。この男がロシア人だと偽っていても解ったのです。そんなことは易しいのです。人参と玉ねぎの区別をつけるように簡単なことです。色盲でさえなければね。」

Lines between line 24 on page 111 and line 1 on page 112, "The
Fixer" by B. Malamud; A Farrar, Straus and Giroux paperback, 2004

[原文 1-2] Proshko laughed a little from the chest. "Yakov Ivanovitch Dologashev, he called himself, but I knew from the sound of it on his tongue that the name didn't fit him. A name belongs to you as your birthright, but it hung on him like a suit of stolen clothes. I felt in my blood he was a Jew the same way as you feel in the dark the presence of a ghost. Wait up, little brother, I thought to myself, something smells fishy here. Maybe it's his natural smell, or the way he talks Russian, or maybe it's the flatfooted way he runs when he chases young boys, but when I looked with both of my eyes open I saw what I already knew--he was a Zhid and no two ways about it. You can't make a gentleman out of a toad, as the saying goes, and a born Jew can't hide the Zhid in his face. This is a foxy bastard, I thought to myself, and he thinks he's got it hidden because he wears a belted sheepskin coat and has shaved off his Jewish whiskers and curls, and maybe it'll be a little slow smoking him out of his hole now that he's fooled Nikolai Maximovitch, but smoke him out I will, and with God's help it's what I did."
[和訳 1-2] 《訳注:Zhid はユダヤ人の蔑称、Maximovitch はレンガ焼成工場のオーナー》 プロシュコは笑いをこらえるように胸を動かせ、発言を続けます。「彼はヤーコフ・イワノヴィッチ・ドロガシェフと名乗りました。しかしその声が彼の口に上るや否やその名前がこの男になじみないものだと私には解りました。名前は生まれながらの所有品のごとく当人になじみこむものなのに、この名前は泥棒してきた服のごとく彼の身体からぶら下がっていたのです。私は本能的にユダヤ人だと勘で判断しました。それは暗がりで幽霊が出現するのと同じです。こいつめ、ジッと待っていろよと私は自分に向かって呟きました。何か悪事を秘匿している故の臭いがしました。この男に生まれた時からこびり付いた臭であったかもしれません。そうではなくてこの男のロシア語に潜む違和感かも知れません。いいえそうでもなくて、奴が子供たちを追い駆ける時に見せる偏平足に特有の走り方に原因があるのかも知れません。もしもこれらのことが原因でないとしたら、この男を怪しいと感じた原因はこの男の顔に巣くうユダヤ人野郎に特有の風貌だったのです。私はそのずっと以前から知識として持っていたユダヤ人の特徴の存在を両眼を開いて確と確認したのです。間違いありません。腰抜けの人間から紳士を創り出しは出来ないという諺の通りです。生まれながらのユダヤ人はその顔から奴ららしさの特徴を消し去ることなんてできないのです。この男は信用ならない輩だと私は判断したのです。一方、この男は羊の毛皮のコートを腰ひもで抑えて身にまとい、ユダヤ人らしい頬の髭も、カールした髭も剃り落としてユダヤ人であることを隠せたと思っています。加えて奴がニコライ・マキシモビッチ様をうまく騙してしまったこともあって、この男を隠れ穴から燻し出すのに余計な時間が取られることになっているのですが、この私が燻し出してやろうというものです。神のご加護の下に。神のご加護を得るのは、私にとっていつものことです。大丈夫やって見せます。

Lines between line 2 and line 21 on page 112, "The Fixer"
by B. Malamud; A Farrar, Straus and Giroux paperback, 2004

工場の管理人Proshko の申し立てにあっては、次から次へと、これまでに語り手が読者に伝えた出来事、それらの大小に関わらず取り上げられます。しかしそれらは少しずつ、この反ユダヤ人の恣意的な動機によって歪められ紡ぎ出されます。その幾つかにあっては Proshko の意識に昇ることもなく歪んでしまうようでもあります。「歪められること」は特別な明確さを持って読者の印象に残ります。シンボリズム Symbolism と言われる小説の特性・技法の好例です。現実の世界ではこの手の犯罪的工作が、これほどまでに人の目に露呈されることはないでしょう。


2. 殺害された児童の母親 Marfa の証言。何度も急かされるものの出てくるのは自分が目にした事実ではなく、今は亡き自分の子供から聞いたとする話が大部分。

集会を切り盛りする法廷検事の Grubeshov は Marfa の話が途切れる度に Go on, please, we are listening! と急かせます。そこで出てくる話は、今は亡き息子の Zhenia と、隣の家の息子 Vasya が言っていたと言った話ばかりです。子供たちは 12 才。母親の Marfa は自分の息子が自宅に戻らず行方不明になった後、6-7 日が経っても警察が死体が見つかったと自宅に乗り込んでくるまで警察に助けを求めすらしなかった母親です。

[原文 2] "… One day, hiding by the kiln, Zhenia saw two Jews try to catch a Russian child and drag him into the stable. But the boy was a smart one and bit, clawed, and screamed so loud they got frightened and let him go. I warned Zhenia more than once not to go back there or he might get kidnapped and killed, and he promised me he wouldn't. I think he didn't for a time, then one night he came home frightened and feverish, and when I cried out, 'Zhenia, what ails you, tell me quickly what happened?" he said that the Jew had chased him with a long knife in the dark among the gravestones in the cemetery. I got down on my knees to him. 'Zhenia Golov, in the name of the Holy Mother, promise me not to go near that evil Jew again. Don't go in that backyard.' 'Yes, dear Mamenka,' he said, 'I promise.'
[和訳 2] 「・・・ある日のことですが、ゼーニアは焼成炉の物陰に潜んで、ロシア人の子供を二人のユダヤ人が捕まえ馬小屋に引きずり込もうとしたのを見ていたのです。ユダヤ人に噛みついたり、爪で引っかいたり大声で叫んだりしたもので彼らは危険を感じ、その児を捕らえるのを止めざるを得なくなりました。私はこの件を念頭にゼーニアには、もうそこには行くな、さもないと誘拐され殺されるよと警告しました。この児は行かないと約束しました。その後しばらくは行くのを止めていたと思います。ところがある日の夜、この児が帰宅したのですが怖がっていて発熱していました。『苦しんでいるが、一体どうしたの、私に話しなさい。』と私が大声を上げました。この児はあのお墓の石が並ぶ間の真っ暗な通路を長いナイフを手にしたユダヤ人に追いかけられたと言ったのです。私は地面に膝をついてこの児を見つめ『ゼーニア・ゴロフ、今後は悪魔のユダヤ人には近づかないし工場の空き地にも行かないと神に誓いなさい。』と言い聞かせ、『はい、お母さま、約束します。』と言わせました。

Lines between line 27 on page 124 and line 15 on page 125, "The
Fixer" by B. Malamud; A Farrar, Straus and Giroux paperback, 2004

自分の子供の世話どころか、子供と接触している時間がほとんどない生活をしている女が、殺害されたこの児童の母親です。上記引用の部分はこの母が必至に作り上げた物語のようなのです。法廷検事に命じられて、また同検事にその核として適当と考えだされた出来事の例を記憶させられ、それを種にして話を作ってでもいるようです。


3. 《英語の学習》 "infer something from something" なる言葉の意味を丁寧に読み取る。

教会のリーダーである神父が、ユダヤ教徒への嫌悪感を煽り立てる(inflammatory な)説教を始めます。

ボヤッと聞いていると論理的な説明、これぞ学問をしている人の博識を持ってこそと思ってしまう、勉強になるお話のようですが、その内容を自分で考え、その正当性を判断しようとする人には、直ぐに「その理屈が破綻している」と解る訓話です。

[原文 3] "There are those among us, my children, who will argue that these are superstitious tales of a past age, yet the truth of much I have revealed to you—I do not say it is all true—must be inferred from the very frequency of the accusations against Jews. None can forever conceal the truth. If the bellman is dead the wind will toll the bell. Perhaps in this age of science we can no longer accept every statement of accusation made against this unfortunate people; however we must ask ourselves how much truth remains despite our reluctance to believe. … …"
[和訳 3] 「信者の皆様、私たちの中には大昔から伝わる物語は迷信でしかないと主張される人々がいます。しかし私は以前から、その中にある沢山の真実を指摘してまいりました。物語の全てが真実という積りはありませんが、ユダヤ人に向けられた非難・断罪の話の数は膨大です。この数の多さに学ぶ必要があるのです。真実なるものはどのように隠そうともいつかは判明します。鐘を打つ人が亡くなっても風というものがその鐘を鳴らします。この科学の時代にあって、この不幸な人々に向けられる非難・断罪の言葉すべてをして、正しいと主張する訳には参りません。そうであるとしても(非科学的だと非難されるとも)、私たちは自分自身にどれだけ多くの真実がこれら物語の中に生き続けているのかを問いかけねばなりません。」

Lines between line 24 and line 33 on page 132, "The Fixer"
by B. Malamud; A Farrar, Straus and Giroux paperback, 2004

この訓話ですが、一月ほど前に読んだ "The Four Horsemen" の中にあった聖職者・宗教集団のリーダー達とアセイスト達の間の議論を思い出さずにおれません。


4. Study Notes の無償公開

今回の読書対象は Chapter IV, Pages 109-137 です。これまで同様に A-4 用紙に両面印刷して左を閉じることで冊子状に整理できます。
《以下に公開の Study Notes は 2024/10/25 に一か所、最終ページの最後尾部分を訂正しました。》

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