James Baldwin の作品に関するエッセイが無いものかと Google で検索、見つけたのが加藤雄二氏のこのエッセイでした。タイトルは「ジェームズ・ボールドウィンのブルーズ 」― アフリカン・アメリカン文学における「もう一つの国」です。
加藤氏のこのエッセイには、ボールドウィンの作品に対しては否定的な批評も少なくない中、トニ・モリソンが格別に肯定的なコメントをボールドウィン存命中から発表するのみならず親しい友人同志であったこと、死後には Library of America の編集に当り、ボールドウィンの巻の編集を担った旨の記載がありました。ボールドウィンとモリソンとのつながりとなると少しは覗いて見たいと思ったのです。
Baldwin が亡くなった日と同じ 1987 年 12 月に The New York Times 紙に、Toni Morrison の Eulogy(追悼文)が掲載されたのでした。その最後尾にある一節が、加藤氏のエッセイの冒頭に引用されています。また、この Eulogy 全文は The New York Times のサイトに公開されています。
ご注意 The New York Times のサイトに行くと、目的のエッセイ本文に 辿りつくまでにサブスクライブ subscribe 契約を結ばせるための ボタンが次々と現れるようですが、それらをタッチせずに本文 に到達できるはずです。広告のEメールを送り付けるための E-メー ルアドレスの入力を求められ、それ無しでは本文に辿り着けない かも知れません。私はそれをしなくとも本文に到達できるのでは とも思うのですが確かではありません。
私にとって Toni Morrison の文章を読むことは結構な試練です。具体的でない文章、私にとって常識的な物事の連なりからかけ離れた発想が潜んでいる文章が多いのです。それを理解するとなると、まずその文章に矛盾しない具体例を考え出す努力を始めることになります。考えついた具体例が元の抽象的な文章、物事が連鎖する構造と矛盾するとなれば、当然その具体例の修正が必要になるのですから。
この苦労が実を結んだ時には、それが Toni Morrison の文章の場合、私にとって新しい世界・新しい発想が生まれることが多いのです。ハッとするような発見の喜びです。ここに引用するのもそんな発見に遭遇した文章です。
[原文 2b]にある moral ground については辞書に見つけられなかったものの、take the moral high ground という言い回しがあって、Oxford Advance Learner's Dictionary of English には to claim that your side of an argument is morally better than your opponents' side or to argue in a way that makes your side seem morally better と説明されています。 また、shore something up については同じ辞書において to help to support something that is weak or going to fail と定義されています。
the challenges you issued to me … that I stand on moral ground … このEulogy 全体がそうなのですが、特にこの一行について、「この世に生きる人それぞれが absurd であってはならない、折角の人生なのだから精一杯、まともな生き方、自分で研鑚を積み自らが最善を目指して努力するという生き方をしよう」という実存主義そのものの主張なのだと私は理解します。