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63回目 "Midnight's Children" を読む(第15回)。ラシュディが描く軍隊における指揮・命令の機序、その「無残さ」に私は「人なるもの」の無力感を疑似体験します。

今回の読書対象は原書 "Midnight's Children" by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback、25 番目のエピソード "In the Sundarbans、502 - 521 ページです。
   1971 年にパキスタンの西側部分から東側部分が分離独立してバングラデシュが誕生することになる内戦を背景にして展開するある物語がこのエピソードの中心です。

小説作品ただ一つの中にも社会に暮らす人々の気持ちの多彩な側面が描かれているのが一般的です。読者それぞれはそれぞれに異なる高低ランクを与え、それらを自身の心の内に納めることになります。
   今回の読書対象のエピソードを読むにあっては、この小説において繰り返し現れる命令の根拠である「正義」と末端の兵士たちが自身で目にし頭の中に描く「世界」とが議論すらできないまでにすれ違っている状況に私の関心は向かいます。今回はこの観点に高いランクを与えることにします。



1. 戦場に連れ出される直前の状況が前回に読んだエピソード "The Buddha" の中にあります。

ブッダと呼ばれる私はその嗅覚を武器に「望ましくない輩」を街からつまみ出す役割を与えられます。部下には3人の少年兵があてがわれました。 "Number 22 Unit 第 22 組" と命名された4人で成るひと組です。西側パキスタンに所属する彼ら4人が戦う相手は東側パキスタンの地区に住まう人々、主として同じイスラム教徒です。

[原文 1-a] And Ayooba Shaheed Farooq? Our boys in green? How did they take to battling against fellow meat-eaters? Did they mutinies? Were officers - Iskandar, Najmuddin, even Lala Moin -- riddled with nauseated bullets? They were not. Innocence had been lost; but despite a new grimness about the eyes, despite the irrevocable loss of certainty, despite the eroding of moral absolutes, the unit went on with its work. The buddha was not the only one who did as he was told … while somewhere high above the struggle, the voice of Jamila Singer fought anonymous voices singing the lyrics of R. Tagore: 'My life passes in the shady village homes filled with rice from your fields; they maddened my heart with delight.'
[和訳 1-a] そんな状況の下、アユーバ、シャヒード、ファルーク(3人の部下)はどうだったのでしょう。軍服を着た我々の少年たちのことです。元来からして同族・同類であった牛肉を喰う人々に戦いを挑む訳で、この3人はどのように心の中で折り合いをつけたのでしょうか。(命令を下す)将校たち、イスカンダル、ナジムディン、更に言えばララ・ムインのことですが、彼らが怒り狂った銃弾の餌食にされたとでもいうのでしょうか? そうではなかったのです。正直に先入観なく事を見ることを忘失してしまっていたのです。両目には不安な気持ちが露わになったにも拘わらず、再検討を要する確信が持てない事情が残っているにも拘らず、善悪判断の譲れない基準を超えているにも拘らず、この4人の組は与えられた任務を遂行します。 命じられた通りに行動するのはこのブッダ(と呼ばれる男)に限ったことではありません。彼らが辛い戦いを遂行する現場の遥かなる上方、そんなどこかでジャミラ・シンガー(人気を独占する一人の流行歌手の愛称)の歌声は大勢の無名の人々の声に立ち挑みます。人々の声は R. タゴール作の詩を詠うものです。「緑陰の多い家々でなる田舎の村で私の日々は過ぎていきます。その村の家々は他所の人々の水田から運ばれたお米で満たされています。村々の人々のお陰で私の心は喜びに高鳴るのでした。(《訳注》平和があればお米は商品として流通し人々を豊かにするという主旨であろう。)

Lines between line 32 on page 498 and line 9 on page 499,
"Midnight's Children", 40th Anniversary edition, a Vintage Classics paperback

[原文 1-b] Their hearts maddened, but not with delight, Ayooba and company followed orders; the buddha followed scent-trails. Into the heart of the city, which has turned violent maddened bloodsoaked as the West Wing soldiers react badly to their knowledge-of-wrongdoing, goes Number 22 Unit; through the blackened streets, the buddha concentrating on the ground, sniffing out trails, ignoring the ground-level chaos of cigarette-packs cow-dung fallen-bicycles abandoned-shoes; and then on other assignments, out into the countryside, where entire village are being burned owing to their collective responsibility for harbouring Mukti Bahini, the buddha and three boys track down minor Awami League officials and well-known Communist types.
[和訳 1-b] 彼ら4人の心は狂わされ高鳴らせられました。喜びが心を高鳴らせたのではありません。アユーバとそのひと組は命令のまゝに行動を勧めたのでした。ブッダは臭いの跡を追尾します。この都市の中心区域にまで第 22 組は歩を進めました。その区域たるや、西側部隊の兵士たちが自身の抱く悪行とは何かの定義に背く行為を実行してしまったことで、暴力行為に溢れ、気が狂わされ、血に浸かっていました。電灯の消えた街を突き進みます。この間、ブッダは地面に注意を集中しています。臭いの跡を嗅ぎ分けて航跡を見つけ出すのです。地面に近い高さ域にある放置されたタバコの箱、牛の糞、倒れた侭の自転車、そして靴、これらの混じりあった臭にごまかされる訳には行きません。次には与えられた別の任務の為に都市の周辺地区に向かいます。目指す先は一つの部落、火が放たれその全体が燃え上がっていました。ムクティ・バヒニを匿った輩がいたことで集落が連帯責任を負わされたのでした。ブッダと3人の少年の組はアワミ・リーグに所属する下級将官たち、ならびに共産主義的な輩の中でも名を知られた連中を見つけ出せと命じられていたのです。

Lines between line 10 and line 22 on page 499, "Midnight's Children",
40th Anniversary edition, a Vintage Classics paperback


2. 命令をする側と受ける側、その双方が棚上げしていた戦場・前線のリアリティが生の人間である4人を襲います。

戦場からの逃亡なのか、命令に従い不良分子を追い詰めているのか、南を目指した4人組はとっくに市街地域を通り過ぎ、ボートを調達してサンドラバンズ(熱帯雨林・マングローブと潮の満ち干が支配する地)の奥へ奥へと進み続けます。
  以下に引用する箇所ではこの4人がそれぞれに自分の心に膨れ上がる葛藤が描かれます。覆いかぶさる雨林と満ちる潮の圧倒的な破壊力が彼らの良心の代役として自身の蛮行を懲らしめることになります。夢に懲らしめられもします。

[原文 2-a] Now, once again, the Sundarbans changed its nature; once again Ayooba Shaheed Farooq found their ears filled with the lamentations of families from whose bosom they had torn what once, centuries ago, they had termed 'undesirable elements'; they rushed wildly forward into the jungle to escape from the accusing, pain-filled voices of their victims; and at night the ghostly monkeys gather in the trees and sang the words of 'Our Golden Bengal': '… O Mother, I am poor, but what little I have, I lay at they feet. And it maddens my heart with delight.' Unable to escape from the unbearable torture of the unceasing voices, incapable of bearing for a moment longer the burden of shame, which was now greatly increased by their jungle-learned sense of responsibility, the three boy soldiers were moved, at last, to take desperate measures.
[和訳 2-a] この時にまたもやサンダルバンズはその姿を一変させました。またしてもアユーバ、シャヒード、ファルークの3人は自分の耳に各家族の方々の悲嘆にくれる声が溢れんばかりに鳴り響く苦しめを受けました。悲嘆にくれる声の主なる家族は、自分たちが、遥かなる昔に「望ましからざる輩」と定義し、いつの日であったか、そんな輩ということで、そのいとおしい家族から引き離した男たちの家族なのでした。この3人は自分たちの行為の犠牲になったこれら家族の人々の怒りと悲しみに溢れる声から逃れたくてジャングルの奥へ奥へとしゃにむに進みました。夜になると幽霊のごとき猿たちが木々に集まり来て「私たちの黄金であるベンガル地方」の詩にメロディをつけて歌いました。「・・・あゝ、お母さん、私は貧しい暮らしをしています。それでも今持っているものをお母さんの足元に捧げだします。そうすることで私の心は喜びで高鳴るのですから。」 終わることない声による耐え難い責め苦から逃げ出すことが叶わずに、その羞恥の重みをこれ以上もう一瞬たりとも耐え続けることできないと、この3人の少年兵は悲壮な決断をするまでに迫られました。この責め苦や羞恥を感じ取る心は、彼ら3人がこのジャングルの中で習得した責任感なるものの所為で、この時には一層大きく・重いものに増大していたのでした。

Lines between line 4 and line 18 on page 510, "Midnight's Children",
40th Anniversary edition, a Vintage Classics paperback

[原文 2-b] Shaheed Dar stooped down and picked up two handfuls of rain-heavy jungle mud; in the throes of that awful hallucination, he thrust the treacherous mud of the rainforest into his ears. And after him, Ayooba Balock and Farooq Rashid stopped their ears also with mud. Only the buddha left his ears (one good, one already bad) unstopped; as though he alone were willing to bear the retribution of the jungle, as though he were bowing his head before the inevitability of his guilt … The mud of the dream-forest, which no doubt also contained the concealed translucency of jungle-insects and the devilry of bright orange bird-droppings, infected the ears of the three boy-soldiers and made them all as deaf as posts; so that although they were spared the singsong accusations of the jungle, they were now obliged to converse in a rudimentary form of sign-language. They seemed, however, to prefer diseased deafness to the unpalatable secrets which the sundri-leaves had whispered in their ears.
[和訳 2-b] シャヒード・ダルは腰をかがめて、雨にまみれたジャングルの泥土を両手それぞれにつかみ取りました。すっかり正気を失った状態で、この少年は熱帯雨林のこの汚れた泥土を詰め込み両方の耳穴を塞いだのです。彼に続いて、アユーバ・バロックとファルーク・ラシードも泥土で自分の耳を塞ぎました。ブッダ一人だけが耳を塞ぐことをしなかったのでした。(ただしブッダの耳となると、その片方は正常、もう一方は以前から聴力を失っています。) それはブッダ一人がジャングル内で聞こえてくる非難の声をじっと耐えて聞き続けようと決意しているようであり、既に犯した罪に対する責めは今さら逃れようのないことと考え、その責めには頭を垂れることにしたかのようでもありました。・・・夢の樹林地帯の泥土には、その中にその身体が透明である故にその姿を見せないもののジャングルの小虫が紛れ込んでいたし、鮮やかな橙色をした野鳥の糞尿が含む悪魔の成分も混じり込んでいたことは、紛れもないことでした。この泥土が彼ら少年兵の耳に感染症を起こし、やがてこの3人を完全なつんぼにしてしまいました。したがって彼らはジャングル内において歌声によって攻め立てられることからは免れることになったものの、自分たちの意思疎通が身振り手振りで伝え合う疑似言葉で可能な単純な内容に限定されることになりました。そうはいっても当人たちは感染症によるつんぼで居る方がサンドゥリの木の葉の茂みが囁き(ささやき)かける受容し難い言葉が耳に届くよりずっと気分がよいと思っているようでした。

Lines between line 18 and line 34 on page 510, "Midnight's Children",
40th Anniversary edition, a Vintage Classics paperback


3. Study Notes の無償公開

原書 502 ページから 521 ページのエピソード "In the Sundarbans" に対応する部分の Study Notes を無償公開します。A-4の用紙に裏表印刷するとA-5サイズの冊子ができる様に調整しています。

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