起訴手続きが未完の状態のままで、Yakov の留置期間は一年を超えることになります。冬の間の寒さとの格闘はヨブ記にある世界を思わせるものでした。寒さが過ぎるとストーブの番に退屈を紛らせていた Yakov はこの暇を持て余すことにもなります。食事量の少なさはそのままです。骨と皮の身体になり、精神状態の悪化が改善した訳ではありません。
1. 暇つぶしの一つは本で読み知った、あの Spinoza との対話です。
古びた新約聖書の一冊を与えられ、真剣に読む機会を得たのもつかの間、神父の懐柔策にしたがい虚偽の自白をすることを拒んだことをきっかけに、独房での日々が暗転します。食事に毒が漏れれて発熱・下痢で苦しんだ出来事を切っ掛けに自らが刑務所の料理場に出むきボールに食物を入れて持ち帰ることが許され、それが少しばかりの気晴らしであったのにそれも禁止されました。益々時間をつぶすのに困ることになりました。
新約聖書が取り上げられた次の日には、取り上げられた信徒携帯用小箱の中にあった旧約聖書がバラバラに引きちぎられて、ヤーコフの独房に投げ返されました。今度はこの途切れ途切れの旧約聖書を読んで時間を過ごします。途切れていて読めないことから自然と頭の中にのこるスピノザのことを考え時間を紛らすことになります。
以下の引用にあっては、会話ではなく地の文でヤーコフの思考の様子が描かれます。
2. 犯人に仕立てる為のシナリオに沿った自白をあの手この手で迫られた Yakov、睡眠中は悪夢にうなされます。
以下は何種類かの悪夢の内の一つ、ニコラス二世が登場する夢の中の出来事です。夢にうなされ Yakov が漏らす言葉が保安員や監守に聞き耳を立てられ、文字にして秘密警察に伝えられると、裁判において検察側が自白に匹敵する証拠だとしかねないものであり、読者はハラハラしながら読むことになります。
ハラハラしながら読んだ読者にとって幸いなことに、寝言においてすら、Yakov は検察側のシナリオ、何度も刷り込む様に聞かされたシナリオに沿うような言葉を漏らしはしません。
3. ユダヤ教徒の義父 Shmuel と、ユダヤ教を否定する Yakov との言い争いは終わりません。刑務所の保安員が力で制止します。
Yakov の牢屋内での暮らしはヨブ記の世界そのものでした。しかしここまで来て私がハッとさせられたのは、義父 Shmuel の生き方こそがヨブ記の世界であったことです。 手放せば代替えを買い求めることができない、そんな商売の道具であったはずの老いぼれ馬と荷車を、村を跳び出し町 Kiev で仕事を見つけるという Yakov に、躊躇せず譲った男です。読者はこの段にまで読み進んでこのことを思い出さされることになります。
似たような貧困の中に生きていた刑務所の保安員に、長い一生で初めて手にしたまとまった金、その全てを裏金として差し出し、他の職員がいない真夜中に 10 分間の約束で刑務所への訪問を果たした Shmuel は、独房の鉄扉の覗き穴越しに Yakov と会話を交わします。
与えられた環境の中で黙々と、外の世界を学ぼうともせずに日々を惰性で生き延びるだけに見えていた男ですが、この小説の終章近く、この章に至って突如、ヨブ(旧約聖書の Job)の成り代わりとして登場します。スピノザに力を貰った Yakov との会話は、「ギリシャ時代の哲学者の対話」の再現のようです。
互いに譲らない、しかし喧嘩して終了するではない、永遠に続く対話です。
以下の引用は、牢屋に入れられるに至った経緯の Yakov による短い説明の後に続く二人の対話・討論です。
4. Study Notes の無償公開
今回の読書対象は Chapter VII, pages 229 - 259です。これに対応する私の Study Notes を無償公開します。