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105回目 "The Fixer"を読む(Part 2)。ユダヤ人を街・国から排除しようという民間団体が蠢く Kiev に立身出世の機会を求めて移り住んだ男の格闘の日々。
"The Fixer" by Bernard Malamud を読む。Part 2 の今回は Chapter II が読書対象です。原書:Farrar, Straus & Giroux の Paperback(edition 2004)
1. 人種的は偏見、妬みや嫌悪感、これらをシンボル的に示すエピソードとなるとこれに限るのでしょうか?
結婚後5年半の生活の終焉を余儀なくした Yakov は未だ 30 才に届いていません。経済的な豊かさ、そして広い世界に知識を求めて大都市 Kyiv に向かいます。その立ち位置を Symbolism なる手法で描き出したシーンを以下に引用します。これは前回読書の対象とした Chapter I の最後にあります。ドニエプル Dnieper 川を渡し舟を雇って渡るのですが船頭との一対一の会話です。
[原文 1-1] "Latvian," said Yakov.
"Anyway, God save us all from the bloody Jews," the boatman said as he rowed. "those long-nosed, pock-marked, cheating, bloodsucking parasites. They'd rob us of daylight if they could. They foul up earth and air with their body stink and garlic breaths, and Russia will be done to death by the diseases they spread unless we make an end to it. A Jew's a devil--it's known fact--and if you ever watch one peel off his stinking boot you'll see a split hoot, it's true. I know, for as the Lord is my witness, I saw one with my own eyes. He thought nobody was looking, but I saw his hoof as plain as day."
He stared with the bloody eye. The fixer's foot itched but he didn't touch it.
Let him talk, he thought, yet he shivered.
[和訳 1-1] 「ラトビア人だよ。」とヤーコフは答えました。
「いずれにしろ、神よ我々を奴らユダヤ人どもからお守りください。」とこの船頭はオールに力を込めるのに合わせて声を上げました。更につづけて話し続けたのです。「あの長い鼻ずらの、顔中に斑点を作った、だまし屋の他人の血を吸う寄生虫野郎め。奴らは隙を見せると我々の太陽光線まで盗み取りやがるのだから。ここの大地と空気を、奴らの身体とニンニクの口臭で汚してしまうのだよ。我々が事前に阻止しない限り、ロシアはその内に奴らがばらまく病原菌で死に追いやられることになるのだよ。これはユダヤ人は悪魔だということ、世間の誰もがとっくに知っている事実なのだよ。誰であれ、もしあの臭いを放つ靴を脱ぐタイミングで奴らのつま先を見さえ出来たら、足先が二つに割れた蹄になっているのが解るのです。本当だよ。これは神に誓って言えるのです。自分のこの目で見たのですから。あの時の男は誰も見ていないと信じていたのですが、私はそいつの蹄見ていたのです。それも真昼間に見るがごとく明確にです。」
彼は血走った眼を彼に向けました。この時、この修理屋の足先にかゆみが走ったのですが、彼はそこに手を伸ばすのを堪えました。
まあここは奴に話したいだけ話し続けさせるほかありません。そう考えていたものの、彼の身体は震え続けていました。
Fixer", a Farrar, Straus and Giroux paperback edition 2004
この船頭の演説はこの調子でこの後も延々と続きます。その辺りは省略して、最後の部分のみ以下に引用します。
[原文 1-2] " … … Then when that's done we hose the stinking ashes away and divide the rubles and jewels and silver and furs and all the other loot they stole, or give it back to the poor who it rightfully belongs to anyway. You can take my word--the time's not far off when everything I say, we will do, because our Lord, who they crucified wants his rightful revenge."
He dropped an oar and crossed himself.
Yakov fought an impulse to do the same. His bag of prayer things fell with a plop into the Dnieper and sank like lead.
[和訳 1-2] 「・・・そしてここまで完了すると我々は悪臭を漏らす塵芥をホースの水で洗い流すのです。取り集めたルーブル、奴らが貯めこんだものを分配する、いや、最終的には、そうと判明した然るべき元の気の毒な持ち主たちに返却してあげるのです。あなたは私の言葉を本気だと思っていいのです。今、私が話した行動、それらの全てをですが、実行するぞと声を上げる日はそんなに遠くないのです。何と言っても私たちの神さまは、奴らに十字架に架けられたのです。それは正当な復習であって神の望みなのです。」
ここまで続けた船頭は自分の手からオールを海に落としてしまい、神に祈って十字を切りました。
ヤーコフは心の中に燃え上がる、彼の話と同じことを相手側にしてやりたいとの衝動と闘っていました。そして船頭のオールの落下にハッとした途端、自分の肩に掛かっていた袋、お祈りの小道具一式を川に落としたのでした。それは鉛の塊のごとく底に姿を消しました。
硬貨、宝石、銀貨、それから毛皮、その他のもの
Fixer", a Farrar, Straus and Giroux paperback edition 2004
オールが、そして小道具の袋が川に流され、沈んで行きました。この物語の先を指し示す「シンボル」として案出された出来事の様です。
2. 道端で雪に埋もれて死にかけている酔っ払いの老人を助けます。その男はユダヤ人狩り集団の「まとめ役」と判明。
Dnieper 川を渡り Kiev の街、その Podol と称される一帯に潜むユダヤ人集落がありました。そこにあるアパートの一軒に住まう一家族から小部屋一つを借りて、Yakov は生活を始めます。こうなると次は仕事探し。街をうろつき歩く日々が続く、そんなある日のことです。
[原文 2] One desperate evening, the gas lamps casting a greenish glow on the snow. Yakov, trudging at twilight in the Plossky District, came upon a man lying with his face in the trodden snow. He hesitated a minute before turning him over, afraid to be involved in trouble. The man was a fattish, bald-headed Russian of about sixty-five, his fur cap in the snow, his heavy face splotched a whitish red and blue, snow on his mustache. He was breathing and reeked of drink. The fixer at once noticed the black and white button pinned to his coat, the two headed eagle of the Black Hundreds. Let him shift for himself, he thought. Frightened, he ran to the corner, then ran back. Grabbing the anti-Semite under the arms he began to drag him to the doorway of the house in front of which he had fallen, when he heard a cry down the street.
[和訳 2] すべてが精一杯の生活が続くある日の夕方でした。通り沿いのガス灯は弱々しいながら緑色の炎で道端の積雪面を照らしています。トボトボとプロスキー街区のこの道を歩いていた Yakov はこの踏み固められた積雪に顔を埋める様にして倒れ込んでいる男に気付きました。その男を助け起こすことにためらいを覚えました。トラブルに巻き込まれるのではと恐れを抱いたのです。この男は良く太っていて禿げ頭のロシア人です。65 才といったところ、革製の帽子が雪の上に転がっています。顔には白っぽい赤と青の変色模様が現れて、その口髭には白い雪がこびり付いています。息音を立てていてアルコールが臭いました。Yakov は一瞬にして、この男のコートにピン止めされた白と黒に塗り分けられた徽章の存在にも気付きます。それは双頭の鷲をシンボルにするブラック・ハンドレッド団の徴です。Yakov は放って置くことにしようと決めました。恐ろしかったのです。小走りに少し先の道角までその場から離れました。しかし次には戻って来てこの反ユダヤ人主義者の男を両腕で抱え上げ引きずる様にして近くの建物に繋がる引き込み路のすぐ手前まで移動させました。そこまで来ると力が尽きてこの男を腕から滑り落としたのす。丁度その時、通りの先から駆け寄ってくる一人の叫ぶ声が耳に届きます。
Fixer", a Farrar, Straus and Giroux paperback edition 2004
このような偶然から Yakov は Kiev の社会を構成する人との繋がりを手にすることになります。願ってもないチャンスです。Yakov はこの人助け、命の恩人となったことから、そして自身の誠実さが気に入られたことから想定外に大きな「褒章」、定職を得ることになります。
3. この辺りのストーリーは「身分を隠して社会に生きること」の Symbolic な表現と言うべきしょう。
命拾いできたこの男は、最近に急死した兄の煉瓦焼成工場を相続したもののその運営に難儀していて、機転の利く Yakov の工場の「お金と在庫の管理とその記録の報告」の担当者として雇いたいと提案します。命の恩人への感謝の証しでもありました。提示された給料は魅力的です。しかし、Yakov には自身がユダヤ人であることを隠しているからこその提案であることが、重荷になります。Yakov の悩みの描写には長いスペースが与えられています。その一部は次の通りです。
[原文 3] What also troubled the fixer was that once he went to work, even though the “reward” made it different from work though not less than work, he might be asked to produce his passport, a document stamped “Religious Denomination: Judaic,” which would at once tell Nikolai Maximovitch what he was hiding from him. 《訳者注: “it”はwhat also troubled the fixerを指す》 He chewed his lips over that but decided that if the passport was asked for he would say the police in the Podol had it; and if Nikolai Maximovitch insisted he must produce it, that was the time to quit or there would be serious trouble. It was therefore a gamble, but if you were against gambling, stop playing cards. He guessed the Russian was probably too muddled to ask for the passport although he was required to by law. Still, after all, it was a reward, maybe he wouldn't. Yakov was now somewhat sorry he hadn't at once identified himself as a Jew by birth. If that had killed off the reward, at least there would be no self-contempt. The more one hides the more he has to.
[和訳 3] この修理屋を悩ませたもう一つの件は、仕事を引き受けるとして出かたならば、謝礼なるものだと問題がないのではないし簡単だというのでもなかったのですが、仕事となるとこの問題は別の問題に変わるのでした。すなわち自分のパスポートを見せてくださいと言われそうなのです。それには宗教的立ち位置:ユダヤ教と明示されています。そうなるとそれまで彼が隠していたことがニコライ・マキシモビッチに明らかになるのです。この事を彼は自分の唇を噛み締めるがごとき気持ちで考えていました。しかし結局のところ、パスポートを求められたらポードールの警察署に持っていかれていると言おう。それでもしつこく見せろと言われたらその時はさっさと逃げ出そうと決断しました。逃げ出さなければ大変な問題に発展するに決まっています。ギャンブルが嫌なら初めからトランプ・ゲームのようなことをやるべきではなかったのです。このロシア人(ニコライ)には、パスポートの提示を求める法的責任があるのですが、彼は今のところ恩人への気遣いに紛れてこのことは失念しているのだろうと推定しました。今回の話し合いはあくまでも恩人への謝礼の合意を目的にしていたのですから、パスポートの提示までは言い出せないのかも知れません。Yakov はこの場にまで来た今になって、事の最初に自身が生まれながらのユダヤ人である旨を伝えなかったのは失敗だったと思いました。そうしていたら謝礼案の提示など最初からなかったことでしょう。しかし、その代わりにこのような自己嫌悪を味わうこともなかったのです。人は何かで身を隠すとその後もっと多くのことで自身を隠さざるを得なくなるのです。
Fixer", a Farrar, Straus and Giroux paperback edition 2004
4. 定職と定収入を得た Yakov は書物を買い読書の時間を作ります。半年とすら続かなかったのですが。
時間を作っては本屋通いをした Yakov は短い歴史本に出会い、ピョートル大帝の話、続いては恐怖の皇帝イヴァンによるノブゴドロの殺戮を知ります。自らの社会、今の社会にある pogrom を思い浮かべずにはおれません。そんな中 Spinoza に出会って、自分が自分に課す課題、自分がどうあるべきかを考えるのでした。
[原文 4] When he was not reading, Yakov was composing little essays on a variety of subjects--"I am in history," he wrote, "yet not in it. In a way of speaking I'm not far out, it passes me by. Is this good, or is something lacking in my character? What a question! Of course lacking but what can I do about it? And besides is this really such a great worry? Best to stay where one is, unless he has something to give to history, like for instance Spinoza, as I read in his life. He understood history, and also because he had ideas to give it. Nobody can burn an idea even if they burn the man. On the other hand there was the activist Jan De Witt, Spinoza's friend and benefactor, a good and great man who was torn to pieces by a Dutch mob when they got suspicious of him although he was innocent. Who needs such a fate? Some of the little essays were criticisms of "Certain Conditions" as he had read about then in the newspapers. He read these over and burned them in the stove. He also burned the pamphlets he could not resell.
[和訳 4] 本を読んでいない時には一寸したエッセイを自分で書くことにしていました。Yakov が選んだ話題は広範囲に及びました。その一つは次の通りです。ーー「私は歴史の中に存在している。しかしそれなのにその中には存在しません。ある言い方によれば、私が歴史から遠く離れて存在しているのではなくてなくて、歴史が私の横を素通りして去っていくのです。これは好ましい現象でしょうか、それとも私の性質に何か欠点があることを意味するのでしょうか? 何という疑問なのでしょう。驚きです。もちろん欠点があるのです。しかし何かできる対策があるというのですか? それとは別にこれは本当に重要な心配事と言えるのでしょうか? 人というものは、それが何であるにせよ歴史に貢献するものを持っていない限りは、今存在する位置に居続けるのが最も良いのです。歴史に貢献するものとは、例えば私が Spinoza の著作にある彼の人生を読んで理解したようなことです。なぜならば Spinoza は歴史を理解できるし、その上に彼は歴史に貢献できる思想と言えるものを持っているからです。人は人間を燃やし灰に帰すとも、思想を燃やして灰に帰すことは出来ません。翻って見るに Jan De Witt なる活動家がいました。Spinoza の友人であって支援者でもありました。好ましくそして偉大なともいえる人間でした。無罪・無関係であったのに、嫌疑をかけられそれを根拠にするオランダ人群衆によって、彼はばらばらに引き裂かれ亡き者にされました。このような運命を一体どこのだれが引き受けると是といえるでしょう? 誰であろうとそんな運命を引き受けて是とされる訳には行きません。」といった具合です。Yakov が書き上げたエッセイには批評文もありました。その中には『ある種の条件』という記事を新聞で目にしてそれに関して書き上げたものがいくつもありました。これら自分の作品については、自身が再度目を通した上で自室のストーブに放り込んで燃やしました。古本屋に持ち込むことのできない小冊子も同様に焼却したのでした。
"The Fixer", a Farrar, Straus and Giroux paperback edition 2004
5. Chapter II は Symbolism 故か派手な立ち廻りで終わります。
Chapter I の冒頭で、開示されたロシア人少年が刺殺される事件、その血液がユダヤ人のセレモニーに使われるパン Passover matzos の材料として集め持ち去られたとのうわさが広がった事件が、この Chapter II の最後にその前後の経緯と共に詳述されます。
Yakov が煉瓦焼成工場に雇われていたのは精々3ヵ月です。その間に実績をあげて工場のオーナーであるロシア人に大感謝されたのですが、それは従来から勤務していた男 Proshko が長年に渡り煉瓦の出庫数詐称をしていた事実を掴み、その証拠を当人 Proshko に突きつけた手柄への評価でした。
この男が立ち止まり黙って見ている中で以下の事態が進行します。殺された少年のお葬式の日です。
[原文 5] A week later the Kiev Union of Russian People, together with members of the Society of the Double-headed Eagle, placed a huge wooden cross on the grave of the boy--Yakov watching from afar--at the same time calling on all good Christians, according to the newspapers that night, to preach a new crusade against the Israelitic enemies. "They want nothing less than our lives and country! People of Russia! Have pity on your children! Avenge the unfortunate martyrs!" This is terrible, Yakov thought, they want to start a pogrom. In the brickyard Proshko sported a Black Hundreds button on his leather apron. Very early the next morning the fixer hurried to the printer's for his counterfeit papers but when he arrived he found the place had burnt down. 《以下略》
[和訳 5] 一週間後にはロシア人の組織であるキーフ組合は双頭の鷲集団の団員達と共同して巨大な十字架を木材で作り上げこの少年の墓に聳えあがらせました。遠くから Yakov はこれを眺めていました。その日の夕刻に新聞が報じたところによると、彼らはそれと同時に、全てのまともなキリスト教徒全員に向けて新たな呼掛けを行いました。イスラエルに属する敵性人を征伐しようという呼掛けです。「奴らは我々の命と郷土を奪い取ろうとしています。ロシアの人々よ、自らの子供たちの将来を考えなさい。可哀そうなあの子供・殉教者の恨みを晴らすのです。」 これはなんとも恐ろしい行動だと Yakov は考えました。彼らは pogrom を開始しようとしているのです。工場の裏の空き地では Proshko が自分の革製エプロンに黒色百人団 Black-Hundreds の徽章を付けて意気揚々と立っていました。次の日の早朝、Yakov は印刷屋の店舗に向けて出発しました。偽造のパスポートを受け取るのです。しかし彼が底の到着した時にはその建物は警察の手によって燃やされなくなっていました。
Fixer", a Farrar, Straus and Giroux paperback edition 2004
6. Study Notes の無償公開
今回の読書の対象は Chapter II の全体 Pages 29-69 です。この部分に対応する私の Study Notes を無償公開します。Word 形式と pdf 形式のファイルですが内容は同一です。