今回の読書対象は Chapter IV です。この章ではその冒頭から、嵐に耐えるしかない状況におかれた船、そして船員、乗船客の描写が続きます。船橋(甲板の上に築かれた船員用執務室、船員用休憩室など)の窓が荒波に打ち破られて、甲板に固定されていた救命ボートはその固定設備共々海に持ていかれたのが Chapter III でした。となると、その後に来るのは人々の命がどうなっていたかです。
1. 庶務担当船員が、船長の処にやって来て、大勢の中国人苦力が海に消えたと伝えます。 [原文 1-1] All that the boatswain, out of a superabundance of yells, could make clear to Captain MacWhirr was the bizarre intelligence that "All them Chinamen in the fore 'tween deck have fetched away, sir." Jukes to leeward could hear these two shouting within six inches of his face, as you may hear on a still night half a mile away two men conversing across a field. He heard Captain MacWhirr's exasperated "What? What?" and the strained pitch of the other's hoarseness. "In a lump . . . seen them myself. . . . Awful sight, sir . . . thought . . . tell you."[和訳 1-1] 周囲に溢れる騒音の中、この庶務担当船員が船長マクファアに何とか報告出来たのは想像を超えた情報、「船長、船前方の貨物兼用船室にいた中国人全員が海に持って行かれたました。」という事実でした。 ジュークスにとって風下から届くこの二人が怒鳴り合う会話は、聞き取るのがやっとでした。自分の顔から 15 cm しか離れていないのに、静かな夜に半マイル先から届く、互いが農地を挟んでする二人の会話の声のようでした。彼は船長マクファアが無念さで胸を一杯にして、「何だと、何だと言っているのだよ。」と聞き返し、相手がかすれ声になって「ひと塊りになって、自分の目の前で。それは恐ろしいシーンでした、船長。船長にお伝えせずには済まされないと思ったのです。」と伝えました。
Lines between line 5 and line 12 on page 38, "Typhoon", the attached pdf file, taken from a Gutenberg site [原文 1-2] Jukes remained indifferent, as if rendered irresponsible by the force of the hurricane, which made the very thought of action utterly vain. Besides, being very young, he had found the occupation of keeping his heart completely steeled against the worst so engrossing that he had come to feel an overpowering dislike towards any other form of activity whatever. He was not scared; he knew this because, firmly believing he would never see another sunrise, he remained calm in that belief.[和訳 1-2] ジュークスは、ハリケーンの凄さによって正当化されるかの如く、(この話の内容に)当事者意識を持てずにいました。ハリケーンが強すぎて、ジュークスには如何なる行動も不可能だ、思い煩っても無駄だと思えたのです。加えて、まだまだ若かった事から、彼は最悪の事態に向けて自分の心を準備することに全力を注ぐべきだと考え、何であれそれ以外の行為に時間を使うことに対して極端なまでの嫌悪感を抱くようになっていました。彼は恐ろしいと感じはしません。次の日に太陽が昇るのを見ることが自分にはないと本気で信じることで心を平和に保てる、そうすると恐ろしいとは感じないと知っていたのでした。
Lines between line 13 and line 19 on page 38, "Typhoon", the attached pdf file, taken from a Gutenberg site [原文 1-3] These are the moments of do-nothing heroics to which even good men surrender at times. Many officers of ships can no doubt recall a case in their experience when just such a trance of confounded stoicism would come all at once over a whole ship's company. Jukes, however, had no wide experience of men or storms. He conceived himself to be calm—inexorably calm; but as a matter of fact he was daunted; not abjectly, but only so far as a decent man may, without becoming loathsome to himself.[和訳 1-3] 《以下5行、太字部分は初稿にあった誤訳を訂正したものです。訂正日2025/01/20》 このような事態は、敢えて勇敢な行動にはでないと考えることでもたらされる事態であって、良く出来る人でさえ注意しないと陥る誤りです。船の正規船員たちは、その多くが実際に経験して知っている事態なのですが、何が英雄的行為なのかが混乱し不明になる事態が突如として、船に乗っている船員の全体を襲うことがあるのです。 しかしジュークスはこの事を知っているまでには、人なるものあるいは台風なるものに関する広い知識を持つまでには至ってません。彼は一人で勝手に自分は冷静である、何があっても乱されないまでに冷静であると判断していました。しかし実際の処は(自分には不明なものの)、恐怖心を抱えていました。ひれ伏すと言うまで酷いものではありません、一応まともな人間ならば抱えて当然といえる程度の恐怖心は抱えていました。
Lines between line 20 and line 26 on page 38, "Typhoon", the attached pdf file, taken from a Gutenberg site
2. 抵抗しても無理だと悟ったかのような Jukes を叩き起こすのが船長の MacWhirr です。 [原文 2-1] Jukes was benumbed much more than he supposed. He held on-very wet, very cold, stiff in every limb; and in a momentary hallucination of swift visions (it is said that a drowning man thus reviewed all his life) he beheld all sorts of memories altogether unconnected with his present situation. He remembered his father, for instance: a worthy business man, who at an unfortunate crisis in his affairs went quietly to bed and died forthwith in a state of resignation. Jukes did not recall these circumstances, of course, but remaining otherwise unconcerned he seemed to see distinctly the poor man's face; a certain game of nap played when quite a boy in Table Bay on board a ship, since lost with all hands; the thick eyebrows of his first skipper; and without any emotion, as he might years ago have walked listlessly into her room and found her sitting there with a book, he remembered hie mother--dead, too, now--the resolute woman, left badly off, who had been very firm in his bringing up.[和訳 2-1] ジュークス(船長に次ぐ地位にいる船員)は当人が意識していた以上に神経を疲労させていました。水浸しの状態と寒さの中で、手足の硬直が進むのに耐えていました。とぎれとぎれに幻覚が襲います。(溺れて死に行く時には過去の記憶がその人の頭に蘇ると言われています。)彼はあらゆる種類の記憶が浮かび上がりました。浮かび上がったそれぞれは、今の今、彼が置かれている状況とは全く関係ありません。その一つは自分の父でした。遣り甲斐ある事業の経営者でした。しかし不幸にも経営が危機に瀕していた時に病に襲われ、未練が残る中、まもなく他界しました。当然ながらジュークスにその経緯の記憶はありません。したがって事業の終焉に関心を持つことはなかったのですが、一つ例外として、彼には悲し気な男の顔が父に関するものとして夢に出現しました。幼少時の彼が見た父のもので、テーブル・ベイの海に浮かぶ船の甲板でトランプゲームをしている父のもので、既に雇っていた人々は居なくなって後の事でした。もう一つは最初に仕事をした船の船長の顔にあった太い眉毛でした。その後に蘇ったのは、特に理由があった訳でなく退屈しのぎに、何年も前のことながら、入り込んだ母の部屋で見た、椅子に座り本を読む母の姿でした。彼はこの亡くなった母、自分の意思を明確に持っていた母、父に先立たれ孤独であった母、自分を厳しく育ててくれた母でした。
Lines between line 3 and line 16 on page 39, "Typhoon", the attached pdf file, taken from a Gutenberg site [原文 2-2] It could not have lasted more than a second, perhaps no so much. A heavy arm had fallen about his shoulders; Captain MacWhirr's voice was speaking his name into his ear. "Jukes! Jukes!" He detected the tone of deep concern. The wind had thrown its weight on the ship, trying to pin her down amongst the seas. They made a clean breach over her, as over a deep-swimming log; and the gathered weight of crashes menaced monstrously from afar. The breakers flung out of the night with a ghostly light on their crests--the light of sea-foam that in a ferocious, boiling-up pale flash showed upon the slender body of the ship the toppling rush, the downfall, and the seething mad scurry of each wave. Never for a moment she could shake herself clear of the water; Jukes, rigid, perceived in her motion the ominous sign of haphazard floundering. She was no longer struggling intelligently. It was the beginning of the end; and the note of busy concern in Captain MacWhirr's voice sickened him like an exhibition of blind and pernicious folly.[和訳 2-2] 子の幻覚のそれぞれは一秒かそれ以下の一瞬のものでした。一本のずっしりとした腕がジュークスの肩に振り落とされました。船長マクファアの彼の名を呼ぶ声が、彼の耳穴に吹き込まれて来ました。 「ジュークス、ジュークス」。 ジュークスは、その声が持つ心配そうな響きを感じ取りました。風はそれ自身が持つ体重をこの船に投げつけて来ていました。この(荒れ狂う)海のこの場所にこの船を押さえ込んでやろうとしていたのです。海はきれいな円弧を描いてこの船体を飛び越えました。深々と水に浸かり浮かぶ一本の丸太を越える如くに一息に跨いで行ってしまいました。次には、落ちた先でその海水の重量が加えた衝撃が巨大な脅威を引き起こすのでした。白い泡立ちは真っ暗闇の中、並の峰々に亡霊のごとき薄明りとして湧き立ちます。その様はすさまじい煮えくり返る薄明りの閃光を発する海の泡で、ほっそりとした船体を覆うのでした。その波の動きたるや、波に一つひとつが、当に上下に暴れ狂う突進躯体、滝となる水塊、怒り狂って走り回る動きでした。この船は一瞬たりともこれら海水の塊を振り払うことが出来ないのです。身体をこわばらせたジュークスはこの船の揺れる様、予測不能な動揺に不吉なサインを感じ取りました。この船は何かの意図に基づいて動いていたのではなかったのです。船は命を終えようとしていたのです。落ち着きを失った印象を与えるマクファア船長が発する声の響きは彼を苦しめました。それは(もはや理性ある船長ではなく)先が読めなくなり暴れるばかりの無法者の声の響きでした。
Lines between line 17 and line 32 on page 39, "Typhoon", the attached pdf file, taken from a Gutenberg site [原文 2-3] The spell of the storm had fallen upon Jukes. He was penetrated by it, absorbed by it; he was rooted in it with a rigour of dumb attention. Captain MacWhirr persisted in his cries, but the wind got between them like a solid wedge. He hung round Jukes' neck as heavy as a millstone, and suddenly the sides of their heads knocked together. "Jukes! Mr. Jukes, I say!" He had to answer that voice that would not be silenced. He answered in the customary manner: "… Yes, sir."[和訳 2-3] この嵐の呪いはジュークスの上に覆いかぶさっていました。彼はこの呪いに浸漬されていました。呪いに取り込まれていました。彼は、悪魔の狙いの激しさによって、呪いの中に埋め込まれていたのです。船長マクファアは大声での呼掛けを止めはしません。嵐の風はこの二人の間に固体の楔のごとく割り込みました。船長はジュークスの首の周りに石臼の石であるかの如く居続けます。やがて二人の頭がちかずきあって近づきあってぶつかりました。 「ジュークス君、ジュークス君、私の声だよ。聞こえるか?」 彼、ジュークスはこの止むことなく呼びかける声には、反応しない訳に行きません。決まりきった発声ではあったものの、何とか反応を返しました。「・・・はい、船長。」
Lines between line 33 and line 40 on page 39, "Typhoon", the attached pdf file, taken from a Gutenberg site
3. 台風との闘いに中、船長が船員に命ずる作業、発する励ましの言葉は、人なるものの「格」として読者の記憶に残ります。 船長の行動や、彼が発する言葉には、著者であるコンラッドの作為、このノベッラの全体を使って描き上げようとする「マクファアの人格」に一貫性を与えようとの著者コンラッドの作為・吐息が同居しています。
上記引用部、1-1 では庶務担当船員のラウトがそれこそ命がけで、自分が目にした苦力の惨状を船長に伝えずにはおれないと感じて報告に行くシーンがありました。そこでは、この行動の動機が報告義務ではなく、自らの心の興奮を和らげることであったとし、そのために心を開くことが出来る唯一の人として船長のマクファアが特定されていました。
引用部分、2-1 ~ 2-3 にあっては、生き続ける気力を失くしている一等船員のジュークスが眠りに落ちるのを防ぐべく辛抱強く揺すり、声を掛け続けたのもこの船長、マクファアなのでした。
この章 Chapter IV の最後には、船長の命令に従い操舵室を後にして、中国人苦力たちの様子を自身の目で確かめ、エンジンを止めてはなるかと頑張り、蒸気を作り続ける機関担当船員たちの作業場まで移動することができたジュークスの姿が描かれます。
[原文 3-1] Jukes yelled "Are you there, sir?" and listened. Nothing. Suddenly the roar of the wind fell straight into his ear, but presently a small voice shoved aside the shouting hurricane quietly. "You, Jukes?--Well?" Jukes was ready to talk: it was only time that seemed to be wanting. It was easy enough to account for everything. He could perfectly imagine the coolies battened down in the reeking 'tween deck, lying sick and scared between the rows of chests. Then one of these chests--or perhaps several at once--breaking loose in a roll, knocking out others, sides splitting, lids flying open, and all these clumsy Chinamen rising up in a body to save their property. [和訳 3-1] ジュークスは大声を出しました。「そちらは船長殿ですか?」そして聞き耳を立てました。応答がありません。突然に風の唸り音が彼の耳に届きました。しかしその後直ぐに、ハリケーンが上げる唸り音によって隅に押しやられたような小さな声が届いたのでした。 「そちらはジュークスかね?-- どうなの、正解かね?」 ジュークスにとって、話すべきことは明白でした。充分な時間があるのかだけが気になったのでした。眼にしたことを話すのだから、ことは簡単だと思っていました。吐き気をもよおす悪臭に溢れた倉庫兼用のあの船室において、徹底的に叩き付けられた苦力たちの状況を完璧なまでに頭に思い描くことくらい、彼には簡単でした。苦力たちは疲れ果てて横たわり、何列にもなって並べ置かれた携帯用整理箱の間にあって恐怖心に打ちのめされていたのです。そして、船が左右の揺れを起こすやこれら整理箱の一つ、いや、同時にいくつもの整理箱が、列を乱すように移動し、一つが別の整理箱にぶつかり破壊する。すると箱の側面がひび割れる、蓋が外れて宙を舞う。そうなるとぎこちない動きながらも、自分の財産を捕まえようとする中国人達がそれぞれのの身体を宙に浮かせることになるのでした。
Lines between line 18 and line 28 on page 52, "Typhoon", the attached pdf file, taken from a Gutenberg site [原文 3-2] Afterwards every fling of the ship would hurl that trampling, yelling mob here and there, from side to side, in a whirl of smashed wood, torn clothing, rolling dollars. A struggle once started, they would be unable to stop themselves. Nothing could stop them now except main force. It was a disaster. He had seen it, and that was all he could say. Some of them must be dead, he believed. The rest would go on fighting. … He sent up his words, tripping over each other, crowding the narrow tube. They mounted as if into a silence or an enlightened comprehension dwelling alone up there with a storm. And Jukes wanted to be dismissed from the face of that odious trouble intruding on the great need of the ship.[和訳 3-2] この後には船がひと揺れする度に脚をバタバタさせ大声を発する一団の人々が、あらゆる方向に、あるいは一方向から反対方向に跳ね飛ばされるのでした。それも木材の破片、引き割かれた衣類、転がり散らかるコインが混在する渦巻と一体となって跳ね飛ばされていました。この酷い事態が一度始まると彼らは自分自身の制御が出来なくなりました。その内に彼らの錯乱行動は誰にも止めることが不可能になりました。死をもって終了させる以外は無かったのです。当に破滅でした。彼、ジュークスはそれを自らの目で確認したし、これについては見た侭を報告する外無かったのです。この錯乱行動の中で命を落とした人間も居たことでしょう。彼はそう判断しました。命を落とさなかった人々は取り合いを続けたのです。 彼、ジュークスは自身の説明を上方に送り出しました。たくさん過ぎて言葉同士の衝突も発生しました。言葉は大量で細い通音管を満杯にしました。言葉は恰も音の全てを吸収する静寂に向けて送り出されたのです。上方で、一人で嵐にもまれながら待ち受ける、理性に長けた理解力の権化に向けて送り出されたのでした。この時のジュークスは、この恐ろしい困難、この船が必要としている重要な環境条件に妨害を加える恐ろしい困難から解放されたい(ここで死ぬのでなく生き延びたい )と願うようになっていました。
Lines between line 28 and line 39 on page 52, "Typhoon", the attached pdf file, taken from a Gutenberg site この引用部分、ジュークスの決死の努力が実ったという話なのですが、それ以上に印象に残るのは、船長マクファアがジュークスに生き延びる意欲を持たせるべく発した命令が見事に実を結んだことを告げる、すなわちマクファアへの賛歌なのです。
4. Study Notes の無償公開 今回の読書対象部分、Chapter IV に対応する私の Study Notes を以下に公開します。ご自由にご利用ください。公開の二ファイル、Word 形式と pdf 形式のものですが、その内容は同一です。