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104回目 "The Fixer" by Bernard Malamud を読む (Part 1)。全 335 頁の小説です。Malamud の作品の roots が Isaac Babel と Russian fictions にあると知った以上は読むしかありません。

John Updike の手になる Isaac Babel の作品への案内(101回目と題した私の記事参照)を読み、次に何を読もうか思いを巡らせている中で "The Fixer (1966)" is Bernard Malamud's best-known and most acclaimed novel, and one that makes manifest his roots in Russian fiction, especially that of Isaac Babel. とある一文に出会いました。

これは 2004 年に出版された 'Farrar, Straus and Giroux paperback' の裏表紙に記されたキャッチ・コピー中の一文です。 どこかで目にした読書案内文に Malamud が Isaac Babel に繋がりを持つ旨の一節を見たのを機に、このキャッチコピーの存在を見つけ出したのでした。

[上記キャッチ・コピーの和訳] "The Fixer (1966)"はバーナード・マラマッドの小説中、最も多く読まれ最高の評価を受けた小説です。この小説はマラマッドの作品のルーツがロシアの小説、中でもイサーク・バベルの作品にあることを証拠立てる好例といえる作品です。

From the back-cover catch-copy, "The Fixer",
a paperback published by Farrar, Straus and Giroux


1. Chap.I, Sec.1 に早々と現れる残虐なシーン。

この先が不安になるようなシーンがいきなり出てきます。ここは心こわばるも、こらえて読む進めることにします。 「101回目」の記事にあった Isaac Babel の Symbolism と称される表現手法、刺激的なのは当然です。文章の冗長さはそぎ落とされています。

《単語の意味: OALD》
pogrom
: the organized killing of large number of people, because of their race or religion (originally the killing of Jews in Russia)

[原文 1] And he was frightened of the pogrom threatened in the newspaper. His own father had been killed in an incident not more than a year after Yakov's birth--something less than a pogrom, and less than useless: two drunken soldiers shot the first three Jews in their path, his father had been the second. But the son had lived through a pogrom when he was a schoolboy, a three-day Cossack raid. On the third morning when the houses were still smoldering and he was led, with a half dozen other children, out of a cellar where they had been hiding he saw a black-bearded Jew with a white sausage stuffed into his mouth, lying in the road on a pile of bloody feathers, a peasant's pig devouring his arm.
[和訳 1] そのような中、彼は新聞が書きたてている集団虐殺が自身を襲う可能性に恐怖を覚えます。彼自身の父は彼の誕生後一年と経たない内に発生した事件で殺されていたのです。事件は集団虐殺 pogrom というには組織だったものではなかったのです。二人の兵士が酔っぱらった勢いで、外に出て出会ったユダヤ人を三人、出会った順番に撃ち殺そうと合意して実行したのです。彼の父は二番目でした。この父の息子、彼には小学生の頃に起きた集団虐殺事件 pogrom を生き延びた経験がありました。それは三日間続いたコサック団による襲撃事件でした。三日目の朝、焼き討ちされた家々は炎が治まっただけで火は残っていました。他の子供たち数人と共に逃げ込んでいた地下の物置スペースから彼も一斉に連れ出されたのです。外に出てきた彼は黒い顎鬚を大量に蓄えたユダヤ人の男を目にしました。白いソーセッジを口いっぱいに詰まらせています。血にまみれた鳥の羽根と一緒に道路上に横たわっていて、その腕には小作農が飼っていた豚の一匹が喰いついていました。

Lines between line 29 on page 4 and line 6 on page 5,"The
Fixer", a paperback published by Farrar, Straus and Giroux


2. 彼が残した幾つもの作品で、かつて味わい尽くした「貧乏節の香り」がこの小説でもあちらこちらで噴き出します。しかし、それに打ち勝つ「底力の存在」を示す文章が見つかりました。

30 才になった Yakov が、義理の父(自分の妻の父)と二人で話し込むシーンです。5年半過ごした妻がどこぞの男(Rabbi or goy?)と繋がりができて逃げ出した後、まだ日の浅い頃です。これまでの苦しみやその中で進めてきた勉強や仕事への取組みを振り返り Yakov は悔しさを語ります。Shmuel は義父の名前。

《単語の意味: Wiktionary/OALD》
treyf: 
(Judaism) [adj.] not kosher
shtetl:
 [noun, c] a small Jewish town or village in eastern Europe in the past

[原文 2] "Though most is treyf I give you credit--" said Shmuel.
  "Let me finish. I've had to dig with my fingernails for a living. What can anybody do without capital? What they can do I can do but it's not much. I fix what's broken--except in the heart. In this shtetl everything is falling apart--who bothers with leaks in his roof if he's peeking through the cracks to spy on God? And who can pay to have it fixed let's say he want it, which he doesn't. If he does, half the time I work for nothing. If I'm lucky, a dish of noodles. Opportunity here is born dead. I'm frankly in a foul mood."
[和訳 2] 「あなたの主張のほとんどは Kosher 規格外だな。だけどあなたが言う通りだよ。」とシュムエルは口を挟みました。
  (ヤーコフは黙りません。)「もう少しだから終わりまで言わせてください。私は生きる為に自分の指、その先の爪で掘り進まねばならないことばかりでした。一体、人はお金がないと何ができるのでしょう? 他の人にできることはそれが何であっても私にもできます。しかしできることは本当に限られています。壊れたもの、それが心でない限り、私には修理することができます。ここユダヤ人地区では何もかもが壊れて傷みが進行し続けています。屋根から水が漏れてきていても、そこの住人が天上の神さまの行動を盗み見ようとしているならば、その人は水漏れを気にするでしょうか? 修理をする気があったところで、そんな中の誰が支払う金を持っていると言えますか? そんなお金を持ってはいないのです。あるいは、もし持っているとしても、その半分の人たちは修理作業代を支払わないのが実情です。もしヌードルの一皿でも提供されたら幸運と言うものです。仕事の機会となると、ここの地区では全く発生しません。正直、私はこの理不尽さに腹を立てています。」

Lines between line 3 and line 14 on page 7, "The Fixer",
a paperback published by Farrar, Straus and Giroux


3. この小説を読んで見ようかお迷いの方へ

2004 年に出版された版には、Jonathan Safran Foer 氏(米国ユダヤ系作家、1977 年生まれ)が序文を寄せられています。裏表紙には、キャッチコピーとしてその一節が書きだされています。次の通りです。Invitation enough となるのではと考えた次第です。

[原文 3] When I finished reading this novel, I felt castigated and inspired. Grumbling about the state of the world suddenly wasn't enough. And excusing myself from political activity felt wrong. In light of this book, my inaction felt immoral. While "The Fixer" isn't a book about morality, it is a moral book. That is, rather than offering a flimsy directive, it presents the reader with a forceful question: Why aren't you doing anything?"
[和訳 3] この小説を読み終えた瞬間、私は自分に強烈な非難を浴びせられ、それと同時に閃きを与えられたと感じました。その時から、私には世界の現状に自分自身の内側に不満を貯め込んでいるだけで終わらせてはならないと考えるようになりました。政治に関わる社会的活動から身を遠ざけているのは悪行だと考えるようになったのです。この本の趣旨からすると、私が行動しないという事実はモラル違反なのです。この小説「フィクサー」は理解の難しいモラルの指南書ではありません。モラルに基づく行動を促す作品です。この作品は読者に向けて詰問するのです。「どうしてあなたは何もせずにいるのか」と問い詰めます。

From the back-cover, "The Fixer", a paperback,
published by Farrar, Straus and Giroux


4. "The Four Horsemen" で読んだ議論と区別がつかない一節もあります。

ユダヤ人集落を出て大都市 Kiev に移り住むという Yakov と、そんな Yakov を引き留めんとする義父の Shmuel のやり取りは次の通り。「The Four Horsemen」で討論を進めたアセイスト達の議論(「 97-100 回目」と題した私の記事参照)と同じであること、あきれるばかりです。

[原文 4] "Since the last year or so, Yakov, you're a different man. What wants are so important?"
  "Those that can't sleep and keep me awake for company. I've told you what wants: a full stomach now and then. A job that pays rubles, not noodles. Even some education if I can get it, and I don't mean workmen studying Torah after hours. I've had my share of that. What I want to know is what's going on in the world."
  "That's all in the Torah. There's no end to it. Stay away from the wrong books, Yakov, the impure."
  "There are no wrong books. What's wrong is the fear of them."
[和訳 4] 「ヤーコフよ。去年頃からあなたは変わってしまったね。そんなに問題視しなければならんほどの欠落とは一体何なのかね。」
  「これまでにも教えたでしょうが、何が欠落なのかは。静かに眠っていてはくれなくて私私に付き纏い私を突き廻す奴のことですよ。時々でいいから腹いっぱい食べてみたいし、ヌードルの皿でなくてルーブルの給与を払ってくれる仕事です。時間が許す限りは、少しであっても教育を受けたい。教育といっても、労働者が良く行っている、仕事の後の『トラー』の勉強ではないですよ。トラーなら必要な分は卒業しています。私が学びたいのは世界で起きている事が何なのかです。」
  「そんなもの全部『トラ―』に書いてあるよ。『トラー』に卒業はないよ。間違った書物からは距離を置きなさい。ヤーコフよ。そんな書物は不浄というものです。」
  「書物に悪書はありません。悪いのは書物を恐ろしい物と認識することです。」

Lines between line 26 on page 12 and line 2 on page 13,
"The Fixer", a paperback published by Farrar, Straus and Giroux


5. バナー掲載の写真は House with Chimaeras「奇獣たちの家」。

この写真は Wikipedia にあるものから、その屋根部分を切り取ったものです。大河 Dnieper の西岸にあるウクライナの首都 Kyiv にある奇妙な建物です。St. Petersburg の遥か南にある丘陵地帯に始まり Belarus を南北に横切り Kyiv の街を通過、港湾都市 Odessa で黒海に至る川が Dnieperです。Wikipedia によるとこの House with Chimaeras は Polish の建築家 Horodetsky が自身の私邸として設計・建築したもので、そのデザイン Art Nouveau 故に Horodetsky は Antoni Gaudi of Kyiv と称されているとのこと。完成は 1902 年頃、この小説の主人公 Yakov が Kyiv から 20 - 30 km の田舎の村落、その外れにあるユダヤ人集落で欲求不満を抱えていた時期、ロシア革命の時期と重なります。
《注: Kiev は Kyiv とも綴られるようです。》


6. Study Notes の無償公開

今回の読書対象部分 Chapter I (Pages 3 - 28) に対応する Study Notes を公開します。ご自由にお使いください。Word 形式と pdf 形式のファイルですが、双方の中身は同じです。

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