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【食レポ】焼きビーフンに取り憑かれた人間の末路

プロローグ

「ケンミンの焼きビーフンに、ピーマン入れんといてやー」

大阪弁でしゃべる可愛げのないガキや婆さんやおばちゃん達やオッサンの独特のセリフ回しと、視聴者への媚びをことごとく排除した、ほとんどトラウマになるほどの不気味さで見る者を洗脳する、ケンミン食品株式会社のCM。

さんざんテレビに流されてきたこれらのCMにより、あまりの恐怖とダサさに震撼させられた元大阪人こと筆者は、子どもの頃に心底「ケンミンの焼きビーフン」が嫌いになったのでした。あの悪名高き「●通大阪」が手掛けた広告だと聞いて、納得。そりゃ、あのゲスいセンスのはずだわ。そのせいで、焼きビーフンの本当の旨さに目覚めるまで、その後約20年を要したのです。責任取れよケンミン野郎!!(怒)

……という悲痛な前置きはさておき、本記事では、大学時代以来「焼きビーフンの美味しさを訪ねて三千里」を地で行く筆者が、フェイク神奈川県民として横浜中華街に出入りし、たまたま出会った美味しい焼きビーフンの店をご紹介したいと思い、一筆をとりました。

最後に、コロナ禍のおうち時間に自炊して作れるおすすめレシピも掲載しますので、心ゆくまで焼きビーフンの世界を堪能してください。

焼きビーフンの故郷、中国福建省

そもそも米が原料のビーフン(中国語では文字通り「米粉(mǐ fěn)」)は、温暖な中国南部の福建省辺りが発祥だといわれています。日本語で通用している「ビーフン」という名称は、福建省の方言である閩南語や台湾語の発音「ビーフン (bí-hún)」に由来するとか。

中国といっても、56の民族(現中国の公式見解)が住み、その中でも圧倒的多数の漢民族でさえ東西南北に「●●省」が散らばっているのですから、その地理的多様性を生かした各地の料理が発展したのも頷ける話。

小麦粉の産地である北部では麺、南部では米が中心、寒い高地の四川省辺りでは唐辛子を多用、海辺でよく汗をかく上海では塩味、西安をはじめシルクロード方面に近い内陸の西域では、まさにエスニックな香辛料を効かせるなどですね。

筆者の故郷である大阪南部は俗に泉州地域と呼ばれますが、まさにご先祖様は中国福建省の泉州市辺りから来たのではないかと思えるくらい、福建風の味付けが大好き。醤油を中心としたあっさり淡白な味付けで、日本人の口に大変合いやすく、あまりに身近すぎて福建のそれとは意識されていないことも多いのでは。例えば、福建省出身の華僑が伝えたという、長崎チャンポンや皿うどんなどが挙げられます。

本格的な焼きビーフンを提供する店は、広東料理、香港料理、台湾料理を得意とする所ならだいたいメニューにあります。もし海外旅行でビーフンが恋しくなったら(なるのかな?)、英語で「rice vermicelli」もしくは「rice noodle」などと言うので、Chinese restaurantsで試してみるのもあり。

横浜中華街を侮るなかれ

近年の不景気のために、安かろう悪かろうの食べ放題の店が急増し、味のレベルが落ちていると囁かれている横浜中華街。仮に、そういう日本人観光客向けの店を避けたとして、ガチ中華でも正直なところ当たりハズレはあって、たまたま各地方専門の料理人が非番で不在だったのか、あるいは料理人のその日の気分によるのか、食べてみなきゃ分からない的なロシアンルーレット感があって、逆にそれを楽しむくらいがちょうどいいでしょう。結論:お腹が減っていれば、たいていの料理は旨い(はず)。

以下の2店は、本場の方々から見るとガチ中華ではないかもしれませんが、これまで十軒くらい回った横浜中華街の中では、なかなか美味しい焼きビーフンに当たった所です。あのー、横浜中華街には150軒以上の中国料理店がしのぎを削っていますからね、全店制覇するのに結構長くかかるんです! まだまだ道のりは遠い……。

リーズナブルに福建料理を味わえる「福盛楼」

まず登場するのは、横浜中華街の市場通りでも、おこげ料理が評判だという「福盛楼(ふくせいろう)」というお店。ここは四川・福建料理を得意としている、庶民的な価格でいろいろ選べるセットメニューが売りです。

筆者は人気のおこげ料理には目もくれず、真っ先にオーダーしたのは「選べる五点セット」で、メインは焼きビーフン。

庶民的な安さでコスパ高めの、選べるセットメニュー
福建料理店「福盛楼」の「焼きビーフン」

いいですね。具材はベーシックながら、麺とも調和が取れて箸が進みます。スープ、小皿、点心、デザートはいたって普通。いいんです、お目当ては焼きビーフンなんだから。

ちなみに、別の福建料理店(名誉のために店名はあえて出しません)で頼んだ焼きビーフンは、全然イケてなかった。大きめの海老が入っていて、見た目には福盛楼よりも映えるのですが、具のキャベツはベチャベチャ、麺はモサモサ。こいつマジで料理人かよ、というレベルでした。そこは先客もおらず、なんとなく嫌な予感はしていたのですが。でも、以前の口コミはさほど悪くなかったんです。どうしてこうなっちゃったんだろう?(日本が不景気のために、腕のいい料理人が本国に帰っちゃったとか……あり得る話)

ちょっちおしゃれに楽しむ広東料理・香港飲茶の「福臨閣」

中華街の大通りに面している「福臨閣」は、広東料理が専門。店内は1920年代の中国の租界をイメージした造りで、高級すぎず、かといって庶民っぽくもない、ほどよい雰囲気で食を楽しめます。

実は、もともとこの時は焼きビーフンではなく「脆皮燒肉」を探して三千里、でもなかなか見つからずに夕食難民状態だったところを、このお店に救われたのでした。菜単(中国語でメニューのこと)を眺めていると、偶然目に入ってきたのがこの香港風焼きビーフンです。

広東料理店「福臨閣」の「香港風焼きビーフン」

ね? 見るからに美味しそうでしょ? ガチで中華鍋の皿よ? これが旨くないわけがないじゃないですか! 海老やチャーシューなどが入り、具材もなかなか贅沢です。はい、ご馳走様でした(大満足)。

広東料理店「福臨閣」の「皮付き豚バラ肉のパリパリ焼き(脆皮燒肉)」

そして、見てください。この見事な脆皮燒肉を。外の皮はカリカリ、中は身が締まって脂っこくない。海外のChinese restaurantsでは、この脆皮燒肉をシンプルにご飯の上に載せてタレを掛けた「Crispy Pork Belly on Rice」などという一品もよく見かけますね。これが激旨なんだー。

ちなみにこの脆皮燒肉は、同じ大通りにある「同發本館」が一番の名物で、横浜中華街で(おそらく)唯一お持ち帰りできるお店です。例によって、ネコもシャクシもこれが目当てなわけよ……。長蛇の列を諦め、さらに当日売り切れで涙を飲み、翌日取り置き予約をしたほどです。後日、自宅で食べてみると、福臨閣に比べてやや脂身が多かったかな?

【おすすめレシピ動画】

最後に、自宅で美味しい焼きビーフンを作ってみたい人のために、おすすめのレシピ動画をいくつかご紹介します。

天ぷら屋の大将が作る「台湾焼きビーフン」

まず一つ目は、東京都墨田区向島で「河原のあべ」という天ぷら店を開いている、いがぐり頭の江戸っ子大将が発信するYouTube「まかないチャレンジ!」から。文字通り、板前さんや従業員の方々が召し上がるまかないの作り方を、実際に大将が料理して見せるという、垂涎間違いなしの内容です。

とても一般的なレシピなので、まずは手慣らしで作ってみたい初心者向け。

高級中国料理店のシェフもうなる「香ばしいビーフン炒め」

そしてこちらは、もう少しグレードアップした焼きビーフンを所望する人向けに、中国料理専門家の脇屋友詞氏によるレシピです。脇屋氏は「Wakiya一笑美茶樓」「Wakiya迎賓茶樓」「Turandot 臥龍居」といった高級中国料理店のシェフを務めるほか、NHK『きょうの料理』でもおなじみ(らしい)ので、もしかしたらご存じの方もいるかもしれません。

上の「中華きほんのき」以外にも、いろいろなバージョンもあるんですね。「レタス1個で焼きビーフン」「ニラ玉ビーフン」「キャベツとひき肉の焼きビーフン」「牡蠣と小松菜の焼きビーフン」「汁なし担々ビーフン」「野菜中心の翡翠ビーフン」などなど。さすがビーフンの世界、奥が深い……。

しかし、大将といいシェフといい、めっちゃ旨そうに実況中継するのが上手いなあ(よだれ注意)。

番外編:「シンガポール風焼きビーフン」(実は香港料理)

ラストにご紹介するのは、世界各国の中華街でたまに見かける「Singapore Noodle(星洲炒米粉)」という一品。実は、“シンガポール”と冠された名称にもかかわらず、シンガポール本国の発祥ではありません。このレシピは、香港がまだイギリスの植民地だった頃の1960年代に、香港で生まれたものだったんです。通常の焼きビーフンに、カレー粉を隠し味として使いますが、なんとなく香港人が「エキゾチックなシンガポール=カレー味」と想像して作ったんでしょうね。

そして筆者が初めてこの料理と出会ったのは、ロンドンのChina Townにある「Four Seasons(文興酒家)」でした。メニューでの記載名は「Singapore Style Fried Vermicelli(星洲炒米粉)」。ただでさえ偏食が激しいのに、あまりに旨すぎて「あなたこればっかり食べるよね」と呆れられたほど(笑)。ここのシンガポール風焼きビーフンは、あまりカレー自体が好きではない筆者でも、ほとんど意識せずに食べられるくらいの絶妙な隠し味となっていました。

1997年にイギリスから中国へ香港が返還された際に、多くの香港の人々が学業や商業のためにイギリス国籍を取得し、移住しました。もっとも、それ以前からChina Townをはじめ、イギリス各地で中華料理屋さんが広まっていて、フィッシュ・アンド・チップスやインドカレーなどと並び、テイクアウト(ちなみにイギリスではtake awayと言います)でお持ち帰りするお客さんの間で大人気。ウェールズの片田舎でパン系の食事に飽きた時、「こんな所にもChinese restaurantがある!」と驚喜して、安宿のホテルに持ち帰って食べた記憶も……。

不思議と、日本食は大して恋しくならなかったです。悪友と、なんちゃってsushi屋を冷やかしで行ったくらい。その代わり自炊も外食も、ほとんど日替わりで中華かイタメシ(もう死語らしい)でした。安くて旨くて、全然飽きませんから。世界各地でアクセスできるチャイニーズとイタリアンは、本当に偉大。

【おうち時間で自炊してみた】

僭越ながら、冒頭のタイトル画像に載っけているのは、上記3つのレシピ動画を見た後で筆者が作った焼きビーフンです。基本はシェフのレシピに則りながら(梅干しが苦手なので除外)、酒やチキンパウダーの分量がいまいち分からなかったので、その辺りは大将のレシピに合わせました。また、追加で卵を入れたり、もう少しパンチの効いた味付けにするために鷹の爪を加えたりも。ちょっち本格的に、料理酒は紹興酒にしちゃったもんね(気分だけ)。

今回使ったのは、中華系調味料などの販売で有名な「ユウキ食品株式会社」が台湾から輸入している「元祖 新竹米粉」(輸入者:ユーキトレーディング株式会社)です。パッケージの右上には、「榮獲中華民國優良食品評鑑金牌獎」という何やら「モンドセレクション」的なラベルが描かれていて、とてもよさげな感じだったので迷わず即購入。ちなみにこれは、神奈川県下のスーパー「サミット」で買いました。

上の動画で大将が使用している「鰐印 新竹米粉」(輸入元:株式会社大榮貿易公司)も普通にスーパーで売られていて、筆者はイオン系のダイエーで買えました。「鰐印」は水で戻してもプチプチした触感が持続するのに対し、「元祖」は口当たりが柔らかでフサフサした仕上がりになります。ただ、水分が少なすぎるとモサモサしたり、逆に吸わせすぎるとベタベタしたりするので、初心者なら「鰐印」から始めた方が失敗が少ないかもしれません。

同じ「新竹米粉」でも、他にシェフが使用している「帆船牌 新竹米粉」(輸入者:東永商事株式会社)や、「虎牌」「昧一番」「佛祖牌」「福鹿」などのブランドがあるみたいです。各社によって米粉の硬さや味わいが違うのだとしたら、台湾ビーフン奥深すぎる!! 驚くのはまだ早い。ベトナムビーフン(フォー)やきしめん状の「河粉」、中国の「興化米粉」「桐口米粉」「東莞米粉」「桂林瀬粉」……もうわけ分からんわ。

とにかく言いたいのは、「ビーフンはケンミンのもんだけと違うんやでぇー--!!!」

ユウキ食品グループが販売している「元祖 新竹米粉」

さて、気になる自作のお味は……? もうバカ旨! これはちょっとした大衆食堂なら、平気で出せるレベルかも。もし今の職に飽きたら、アジアのどっかの路上で焼きビーフンの屋台でもするかなあ~(妄想)。

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