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『コーヒーと恋愛』獅子文六 今も変わらぬほろ苦く踊る私たち

『コーヒーと恋愛』は、『可否道』というタイトルで1962年から読売新聞に連載された小説です。著者、獅子文六さんは1893年生まれの小説家。本名、岩田豊雄で演劇界でも活躍し、日本を代表する劇団「文学座」の創始者の一人です。

古い昭和の話ではあるものの、ここに描かれている恋愛や仕事に踊らされる人々の姿は今も変わらぬちょっと滑稽で愛すべきもの。コーヒーを飲みながら読みたい1冊です。

『コーヒーと恋愛』の内容紹介

まだテレビが新しかった頃、お茶の間の人気女優、坂井モエ子43歳はコーヒーを淹れさせればピカイチ。そのコーヒーが縁で演劇に情熱を注ぐベンちゃんと仲睦まじい生活が続くはずが、突如”生活革命”を宣言し若い女優の元へ去ってしまう。悲嘆に暮れるモエ子はコーヒー愛好家の友人に相談……ドタバタ劇が始まる。人間味溢れる人々が織りなす軽妙な恋愛ユーモア小説。

ちくま文庫より

評)時代はめぐる 新しいものの台頭にざわつく人々

テレビドラマが演劇や映画よりもずっと下に見られていた時代。新しいものや大衆的なものを見下しつつも脅威に感じている当時の様子がうかがえます。

主人公の坂井モエ子は美人女優というよりも親しみのある風貌と芸風でお茶の間の人気を集める女優。テレビという時代の波にもうまく乗っていく女性です。その夫(事実婚です)、塔之本勉(愛称ベンちゃん)は7歳年下の舞台装置家。テレビドラマを嫌悪していますが、モエ子のテレビでの稼ぎで養ってもらっている、いわばヒモ状態。

このベンちゃんが”生活革命”(←”革命”と言ってしまうあたりも時代です)と宣言しモエ子からの自立を図ります。が、その裏には若い女優、丹野アンナの存在が。このアンナは超上昇志向で、もちろんテレビにも出たい。強い女性にダメな男、という人間模様にもこの時代らしさが感じられます。

さらにモエ子が参加する「日本可否会」なる存在が面白い。たった5人のコーヒー好きの集まりですが、茶道ならぬ「可否道」を打ち立てようとする会代表の亡妻家、菅のほか、洋画家や大学教授、落語家など個性的な有閑人たちが良い味を出しています。菅はモエ子の淹れるコーヒーに心酔しきっており、モエ子がインスタントコーヒーのCMに出るとなるとー。

テレビやインスタントコーヒーという当時の新しいものの台頭にアグレッシブに乗り込んでいく人もいれば、駄々をこねるように抗う人も。

時代はめぐり、そのテレビもネットにとって代わられる今も、どこかに同じような人々がいるだろうな、と思えてきます。

映画では森光子さんがモエ子に

主人公のモエ子は、当時劇団の看板女優だった杉村春子さんを思わせると言われますが、杉村さんの1997年に91歳で亡くなるまでの多大な足跡からはちょっと恐れ多い気がします。

むしろ映画化された『「可否道」より なんじゃもんじゃ』(1963年)でモエ子を演じた森光子さんのイメージにピッタリです。(ベンちゃんに川津祐介さん、アンナに加賀まりこさんというのも適役)*残念ながらDVD化はされていないようです。 

で、この古い小説『可否道』がなぜ『コーヒーと恋愛』と改題され現代によみがえったのか。そこには、ミュージシャンの曾我部恵一さん(サニーデイ・サービス) がこの小説にインスパイアされて『コーヒーと恋愛』という楽曲を製作(アルバム「東京」に収録)し、アルバムのジャケットと同じ装丁でちくま文庫より『コーヒーと恋愛』として出版されたという経緯が。曾我部さんは巻末の解説も執筆されています。

古いけれども新しい、のんびりしているようでちょっと尖っている、やさしいようでほろ苦いー。昭和と令和を行ったり来たり、コーヒーを飲みながら、サニーデイ・サービスを聞きながら、ぜひ。


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