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『レス・ザン・ゼロ』と『帝国のベッドルーム』 ブレット・イーストン・エリスの映画と小説の奇妙な関係
個人的に思い入れのある映画『レス・ザン・ゼロ』(1987年)
当時青春映画で大人気だったアンドリュー・マッカーシーと、同じく若手注目俳優だったロバート・ダウニー・Jrの共演で、上流社会の若者がドラッグに溺れていくさまを衝撃的に描いた映画です。
当時いいとこのボンボンを演じるマッカーシーが好きだったにもかかわらず、印象に残っているのはロバート・ダウニー・Jrの強烈な危うさ。その後、自身も薬物に溺れる転機を予感させ、いまだにロバート・ダウニー・Jrの代表作はこの『レス・ザン・ゼロ』、『アイアンマン』じゃないっ!と力説したくなります。
が、この映画にケチをつける人物が!
それは原作者、ブレット・イーストン・エリスです。
「オレが死んだー、オレ殺されたよ」
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お気に入り小説の映画化となると期待が大きいだけでに、そのデキにはちょっとうるさくなってしまう。そう思うのはファンだけではないようで、自身の長編デビュー小説『レス・ザン・ゼロ』の映画のデキに不満をもったエリスは、意外な手法で反論します。
25年後に発表した小説『帝国のベッドルーム』で、登場人物に直接その不満を語らせるのです。
かつてわたしたちの映画がつくられたことがあった。ある知り合いが書いた本が原作だった。その本にはわたしたちが生まれ育った街での四週間がシンプルに描かれ、ほとんどが正確な描写だった。
『帝国のベッドルーム』の語り手は『レス・ザン・ゼロ』の主人公クレイです。クレイは”ある知り合いがー”と言っていますが『レス・ザン・ゼロ』の語り手もクレイ。クレイは原作者自身を投影した人物です。映画のマッカーシーに比べ原作のクレイはなかなかダークなヤツです。
で、そのクレイは小説の2年後に公開されたこの映画を見て「映画はただの美しい嘘だった」と振り返ります。そしてもう一人の主人公ジュリアンについては、
ジュリアンは彼自身のセンチメンタルなバージョンになっていて、才能ある悲しい顔の道化によって演じられー。
と。”才能ある悲しい顔の道化”というのは、ロバート・ダウニー・Jrのことで、さすが見事な表現。が、そのジュリアン自身が映画を見て「オレ殺されたよ」とつぶやくのです。
『帝国のベッドルーム』は原作者の反論なのか
原作『レス・ザン・ゼロ』では死なないジュリアンが映画のラストでは死ぬ。映画はこのジュリアンの死こそが『レス・ザン・ゼロ』の結末、結論なのです。
これ以外にはないラスト、と思っていた私は、原作ではジュリアンは死んでいないと知ってビックリ。で、映画で殺されたことにジュリアン自身が驚いているということ(『帝国のベッドルーム』の設定)にさらにビックリ。
『帝国のベッドルーム』の舞台は25年後のロサンゼルス。40代となったクレイは脚本家となっています。『レス・ザン・ゼロ』の登場人物らと再会しますが、相変わらずドラッグとセックスに溺れる面々。まるで『レス・ザン・ゼロ』をこじらせつくした世界です。
『レス・ザン・ゼロ』のジュリアンの死は”美しい嘘”であり、現実はそんなものじゃない。もっとどうしようもなく腐敗した抜け出すことのできない世界だと原作者は反論したかったのでしょうか。
ブレット・イーストン・エリスの映画化作品
退廃した世界を描いたブレット・イーストン・エリスの小説。『レス・ザン・ゼロ』のほかにも映画化されています。
『アメリカン・サイコ』(2000年)
1980年代のマンハッタンを舞台に、快楽殺人を繰り返すヤンエグ(死語です。スイマセン)を描いたサイコホラー。主人公を演じるクリスチャン・ベールの怪演が見もの。
『ルールズ・オブ・アトラクション』(2002年)
1980年代、ドラックやセックスに溺れる若者を描いた群像劇。
『インフォーマーズ セックスと偽りの日々』(2008年)
1980年代のロサンゼルスを舞台にドラックやセックスに溺れるヤンエグの堕落を描く。ビリー・ボブ・ソーントン、ミッキー・ローク、キム・ベイシンガー、ウィノナ・ライダーといった豪華キャストながらデキは......。
『帝国のベッドルーム』も『レス・ザン・ゼロ』のキャストで映画化したいとエリスが語っていたといいますがー。
アンドリュー・マッカーシー(クレイ)は、おもにTVドラマの監督業に。ロバート・ダウニー・Jrはジュリアンさながらの薬物依存に陥りながらも見事に復活し『アイアンマン』で人気を博する演技派俳優になりました。ドラックのディーラーを演じた当時超イケメンのジェームズ・スぺイダーも生え際こそ後退しましたが、渋みを増して健在です。映画化されなくてよかった......。