「できた!」の一歩先を目指すマット運動
1 はじめに
5月の初め、「次の時間からはマット運動をやるよ!」と子供たちに言うと「えー・・・」という声と「よっしゃー!」という声が聞こえてきた。ただ、「えー・・・」という声のほうが多く聞こえた気がした。
そこで、学級の実態の詳細を把握したい衝動にかられ、単元前に児童に簡単なアンケート調査を行った。
「マット運動が好きですか?」という質問に対する結果は、以下の通りだった。
約25%の児童がマット運動に対して否定的な感情を抱いていた。理由としては、「怖い。」「失敗すると痛いから。」「技ができないから。」などであった。
このような実態は、本学級以外にも当てはまるのではないだろうか。マット運動は、苦手な児童にとっては「痛くて、怖いもの」である。また、できた・できないがはっきりする為、できない児童は劣等感を抱きやすい。
そこで、「できた・できない以外の楽しみ方」を感じられるようにするとともに、「できた技をどう活かすか?」というできたの一歩先の思考ができるような授業デザインを考えてみた。
2 授業デザイン例
①単元の流れ
以下に示した図のように単元を進めた。
筆者の経験では「見る」と「支える」は、「する」の補助的な意味合いで取り入れられる場合がほとんどである。例えば、友達の技を見て助言をする等の活動である。もちろん、そのような活動も効果的であり、今回の実践でも行った。しかし、それだけでは、「見る」と「支える」楽しさを味わうまでには至らないのではないかと考え、「見る」と「支える」の活動のみを行う時間を設けた。
また、授業時数の関係から、「支える」活動については国語の話す・聞くの単元とのカリキュラムマネジメントをした。
②「する」活動の充実
する活動を充実させるために、単元のゴールを技の習得ではなく、「チームでのパフォーマンス完成」とした。「どうすれば技ができるか。」に加えて、「習得した技をどのように生かすか。」という思考ができるように働きかけた。加えて3分ほどの曲に合わせてパフォーマンスを構成するようにした。
具体的には、単元1時間目に自分ができる技を把握する時間を設けた。そして、できる技にどんな技を加えたいか、今できる技をどうしたいかという視点で考えさせた。そうすることで、子供たちの思考は、技を習得して終わるのではなく、習得した技をどうするかという思考になっていった。また単元の最初にできる技を調査させたことで、具体的なイメージをもって練習に臨むことができた。
練習の時間は大きく分けて「技を磨く時間」と「技を合わせる時間」に分けて行った。
技を磨く時間では、新しい技の習得や技の精度を上げるように取り組ませた。様々な用具(手形、足形、ゴム紐、連続写真の掲示物等)を使ったり、自分の目的に合った場(坂道マット、ロールマット、重ねたマット等)で行ったりした。また、友達に補助してもらったり、技を見合ったりもした。
技を合わせる時間では、チームのパフォーマンスを作る時間にした。ただし、いきなりそれを行うのは難しいと考え、以下の図4に示す視点をもとにパフォーマンスを考えさせた。そうすることで子供たちだけでも様々な演技を考え出すことができた。
さらに、音楽を流したことで、マット運動以外にも曲調に合わせて体を動かし、表現する児童がいた。さらに工夫をすれば表現運動の要素も取り入れられると感じた。
③「見る」楽しさを味わう活動
見る活動は、大きく分けて、学ぶという側面と楽しむという側面がある。一般的に体育授業の「見る」活動というのは、学ぶという意味合いが強く、楽しみは味わいにくい。
そこで今回の実践では、学ぶに加えて楽しむということも味わわせたいと考えた。
まず、お手本の動画として鹿児島実業高校新体操部の演技を見せた。この動画を見せることで、具体的なパフォーマンスのイメージを持たせることができた。コミカルな動きや技を音楽に合わせて表現することで、見ている人を楽しませることができるということを感じさせることもできた。見る楽しさを伝えることで、する側も見る人を意識したパフォーマンスを考えようとする姿が見られた。
④「支える」楽しさを味わう活動
単元実施前に行ったアンケートで「行事やイベントを企画したり、運営したりすることが好きですか?」という質問をした。それに対して80%以上の児童が好意的な回答をした。
筆者も自身の体験を振り返ると、スポーツボランティア等での企画や運営を楽しく行えた経験がある。体育授業での「支える」活動というと、審判や用具の準備・片付け、友達のサポート等が多い。そのような活動も体育を行う上でとても重要であるが、それに楽しさを感じられる児童は少ないのではないだろうか。
そこで、今回の実践では「支える」活動としてパフォーマンス大会の企画・運営を子供たちに託した。その際、体育の中だけでは、十分な時間が確保できないと判断し、話し合う時間の一部を国語の中で行った。
話し合う際に@mthrhykwの実践を参考に「ないと困ること」と「あるとよいこと」という視点で子供たちに話し合わせた。
そうしたところ、「ないと困ること」として、準備・片付けやきまりを守ることも挙げられた。教師が口酸っぱく言うよりも、子供たち自身で話し合うことで、その大切さを理解させることができるのだと実感した。
また、あるとよいこととして、5にあるような意見が挙げられた。子供たちなりにより良い大会にしようとたくさんの意見が出された。担当を決めればよいという意見が挙がり、役割分担をして係を決めた。スムーズな運営とまではいかなかったが、子供たちは話し合いながら自分の役割を一生懸命こなそうとしていた。
3 児童の変容
①する視点から見た変容
単元の事前事後で意識調査を行った。意識調査は「する」「見る」「支える」の3つの観点で行った。
事後では運動を「する」ことへの好感度が上がった。特に「体育は好きですか?」と「マット運動が好きですか?」という質問に対しては、好意的に捉える児童が増え、苦手意識をもつ児童が減った。この要因を児童の感想から分析すると、「新しい技ができてうれしかった」や「マットが上手になったから」という感想が多く、やはり技能習得は、楽しむことと大きくつながっていることも改めて実感した。
加えて、今回の事前事後の比較では、運動に苦手意識を抱いていた児童も好意的に捉えられるようになっていた。その児童の感想には「協力して、パフォーマンスをするのが好きだから。」や「友達と動きを合わせるのが楽しいから」というのが見られた。全体で見ても「友達」や「協力」というワードを用いて感想を書く児童が多くおり、友達と協力して活動することは児童が楽しく運動をする為の大切なエッセンスであると感じた。
②「見る」視点から見た変容
友達の運動を見ることを楽しんだり、学びを得たりできる児童が増えた。児童の感想の中には、「友達の技をみてチャレンジしたくなるから。」というものもあった。teamsに投稿されたパフォーマンスの動画を視聴し、自分たちの演技に生かそうとする児童も多くいた。
一方で、日常生活に「見る」活動を落とし込むことは難しかった。体操競技をよく見る児童の割合は増えたものの、「あまり見ない」、「見ない」と答えた児童は、事前事後でほぼ変わらない人数であった。体操競技がTVで放送されていない時期というのも影響したと考える。普段スポーツ観戦をしない児童にいかにして見る楽しさを伝えるのかということを考えていきたい。
③「支える」視点から見た変容
友達と協力して活動することの楽しさを感じられた児童が多かった。それは、運動をする場面に限らず、用具の準備片付けや大会の準備・運営の場面でも楽しむ様子が見られた。特に大会運営についての話し合いを行うことで、スポーツを支える楽しさを十分に味わわせることができた。
また友達にアドバイスをすることで、友達が上達したり、チームの演技が良い方向に向かったりすることを通して教え合う楽しさを感じる児童が多くいた。一方で、アドバイスに対して納得いかなかったり、自分の思った方向に話し合いが進まなかったりする場面も見られた。結果、質問11で1点の回答率が増えてしまった。しかし、これについてはスポーツマンシップにもつながる「みんなが気持ちよく活動する為にはどうすればよいか」ということを考えさせる良いきっかけとなった。
4 まとめ
「する」以外にも「見る」と「支える」楽しみ方を味わわせることで、体育を好意的に捉える児童が増えた。
一方で体育授業以外の場面で、より多くの児童の生活にスポーツを浸透させる為には、更なる工夫が必要であった。
ここには、示さなかったが「見る」と「支える」活動は技能習得にも大きな影響を与えた。今回の実践では、技能調査でも良い結果が得られた。このことからも「する」、「見る」、「支える」の活動は相互作用的な働きが見られ、それぞれの活動を充実させることで体育授業全体の質の向上につながると考えられる。