
01 後南朝 自天王さんとの出会い
自天王さんとの出会い

当時小学生だった私は、吉野郡上北山村小像(ことち)にある北山宮へ親戚のともだちと遊びにいくところでした。
その場所の近くには天狗の家もあるそうで、興味津々の私は、その地区の広場で遊んでいました。
まあ、北山宮が、どんな神社であるかは知らないし、
どんな神様がいるかも興味がありませんでした。
しかし、お盆があるたびに、なんとなくきてしまうお宮さんなんです。
いつもくると寂しい感じがするが、なんとなく、いてしまうところなんです。
なぜ、いたくなるのでしょうか?
このお宮さんの祭神が自天王さんで、私に何か伝言しているように思ったのです。
小さいころから、自天王さんのことを聞かされたいたが、忘れていたようないないような・・・
それから私もようやく、3年前の令和2年2月05日雪の降る寒い朝、川上村 初めて朝拝式参加しました。
朝拝式の詳しいことは最後の方で述べましょう。
祖父から聞いた話によるよ、自天王さんが暗殺された日、わたしの祖「和佐美兵衛」は、自天王さんの警備にあたっていた上北山村4人武士の一人なのでした。

警備区域は、天ヶ瀬、伯母峰峠のあたりでした。
そのお二人様の皇子とは、尊秀王、忠義王と呼ばれる二人兄弟の皇子がいまいした。
そして北山宮の祭神が兄の尊秀王こと自天王さんだったのである。
色々な諸説は諸々であるが、できるだけ、お二人の皇子と上北山村周辺を中心にスポットをあてて、簡潔にの書いていきたいと思います。
また主に川上村のホームページ、古文書を参考しながら、説明していきたいと思います。
また、二人の皇子のことを統一して自天王=尊秀王(一ノ宮、北山宮)と忠義王(二ノ宮、河野宮)と明記します。