続・座標軸 戦争編
戦争の原因はいろいろある。王位継承戦争、宗教戦争、革命戦争、独立戦争、植民地獲得戦争・・・。
いずれにしても、自国の主権の及ぶ範囲を広げるのが目的と言えば、当たらずとも遠からずと言えるのではないか。
明治維新以降の日本を例に取れば、戦争のたびに、日本の領土を着実に広げている。台湾、朝鮮、太平洋諸島、満州・・・。
これを座標軸で表現するとどうなるか。昭和初期の日本はA型一辺倒の偏った社会であったことは以前話した。それにO型である、太平洋諸島を加え、B型である台湾、朝鮮、満州を加えた。領土の上では、左方向への進出を試みたことになる。さらに中国本土への侵略を進めた。地理的にはO型、B型であるが、そこに、日本人を移民させ、日本語、日本の宗教、文化を移植して、日本化、A型化を図ろうとした。大東亜共栄圏などと銘打って、一見、OとBを加えてバランスがよくなったかのように見えるが、実際はA型的やり方を押し付けただけの独善的ブロック経済であった。それが果たせないとなるや、一億玉砕の旗印のもと、無謀な特攻作戦に打って出た。「生きて虜囚の辱めを受けず」というのは、一兵士、一個人にとどまらず、日本国全体のことを言っていたのではないか。中国やドイツ、ロシアの革命を見て、戦争に負けることの惨めさを目の当たりにしてきたので、領土を失ったり、占領されるよりは、いっそのこと、日本国民全員で玉砕して、日本国、日本民族そのものをなくしてしまった方がましだと考えた。すべてかゼロか、all or nothing の思想の危険な面がもろに出てしまった。
戦争のメリットはあるのだろうか?戦争が物を破壊するように、古い社会を破壊して、新しい世界を招き入れることはあるのだろうか。宗教戦争は?ナポレオン戦争は?信長、秀吉による天下統一は?戊辰戦争は?太平洋戦争で負けなかったら、日本はどんな国になっていたのだろうか? 時代の節目節目に戦争があるのは、ほぼ間違いない。破壊がなければ、再生はないのか。いずれ地球そのものを破壊する時が訪れるのかもしれない。
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