辛酸 ― 田中正造と足尾鉱毒事件 (城山 三郎)
(注:本稿は、2013年に初投稿したものの再録です)
足尾鉱毒事件や田中正造という「ことば」は中学・高校時代の社会科の教科書以来何度となく目にしているのですが、その実態や人となりについて深く知ることはありませんでした。
今回手に取ったのは、それらをテーマにした城山三郎氏の小説です。
田中正造氏、衆議院議員当選6回。その初当選の年(1890年(明治23年))に足尾銅山鉱毒事件が発生しました。爾来、議員在職中から辞職後、まさに生涯を通し全てを捧げて被害民と行動を共にしたのです。
70歳を過ぎても正造は逆流被害踏査のため方々歩き回っていました。
ある夏の日の描写です。
このあたりの城山氏の筆力は素晴らしいですね。
本書の主人公は、2人。ひとりは言うまでもなく田中正造氏その人ですが、今一人は谷中村の被害民宗三郎です。
本作品の後半、二部の「騒乱」の章では、正造亡き後の抗争のリーダーとして担がれた宗三郎を中心に、被害民たちの司法・行政当局に対する筆舌に尽くしがたい抵抗の姿が描かれています。
その悲惨な生活の中でも、被害民たちは「人としての尊厳」を失ってはいませんでした。
堤防欠潰公判での岡土木課長の「乞食」発言に抗し、宗三郎は激してこう書き連ねました。
人としての真っ直ぐな自負の発露の言葉でしょう。
さて、本作品のタイトル「辛酸」。これは、正造の好んだ言葉「辛酸入佳境」から採られたものです。
城山氏が、本作品にこめたメッセージは「信念に拠る行動」「弱者に寄り添う心」の崇高さと、それを貫く困難さであるように思います。
先の東日本大震災・福島第一原子力発電所事故を契機に、没後100年の節目を迎え、田中正造氏の生涯を再認識・再評価する動きが各所で出てきているとのことです。