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心に太陽を持て (山本 有三)

 同じような時期で中高校生を対象にした著作としては、吉野源三郎氏の「君たちはどう生きるか」が有名ですね。私もかなり以前に岩波文庫版を読みましたが、確かにとてもいい本だと思いました。

 今回手に取った本書もそれと同根の流れです。作者は、「真実一路」や「路傍の石」等を著した劇作家・小説家の山本有三氏

 本書の内容ですが、終戦後、昭和31年に発刊された「新編・日本少国民文庫」に収録されていた作品をベースに精選、山本氏の加筆を経て22の小編として再録したものです。

 青少年向けの著作なので、人の優しさや勇気、努力の大切さなどがテーマとなっている作品が多いですね。
 パナマ運河の開削を指揮したゴーサルズ、人類初の南極点到達を目指したスコット「ロウソクの科学」で有名なファラデーなど、有名な人物が主人公のものもあれば、「キティの一生」の主人公キティ・シーワードのように無名の一市民の生き方を描いたものもあります。

 中には、教訓の伝え方にちょっと変化をつけた作品も含まれています。
 「動物ずきのトマス」の主人公トマス・エドワードはスコットランドに生まれました。幼いころから無類の動物好きでしたが、その研究成果をまとめて発表するような能力には欠けていました。自分の好きなことだけに熱中して、基本的な教育をないがしろにしていたのです。トマスがようやく学問の必要性に目覚めたのは中年になってからでした。

(p150より引用) その熱心な態度はまことに見あげたものですが、この年になってからでは、もう遅うございました。生まれながらの動物ずきで、そのほうの天分は十分にありながら、少年時代にきちんとした勉強をしなかったために、このトマスは、これという業績をあげることもなく、さびしく世を終わりました。「すきこそ、もののじょうずなれ。」ということわざもありますが、ただすきなだけでは、大きくのびません。

 作者のコメントは厳しいものです。やはり青少年を対象にした本ですから、若いころからの「学ぶことの大切さ」を伝える耳痛い教訓も加えているのです。

 ところで、本書に採録されている話はこういった人生訓的な内容のものばかりではありません。ところどころにユーモアやウィットに富んだ短文も挿入されています。

 それらの中のひとつ、ガリヴァー旅行記の作者として有名なスウィフトが登場する小話です。
 旅行中のある朝、スウィフトは、泥だらけの長靴を持ってきた下男を叱責しました。下男曰く。

(p199より引用) 「あいすみません。だんな様。でも、あらったって、おんなじことでございますよ。きょうも、また、どろんこの道をお歩きになるんですから・・・」

 それを聞いたスウィフトはそのまま出発しました。歩きに歩いて昼を過ぎましたが、スウィフトは昼食をとろうとしません。下男は腹ペコでこう言いました。

(p200より引用) 「だんな様、どこかで、お昼食をなさいましては・・・。」
・・・皮肉なスウィフトは言いました。
「なに、昼食だって。よせ、よせ。今たべたって、どうせ、また腹がへるにきまっているよ。」

 この逸話は現実にあったものか定かではありません。しかし、いかにも風刺作家たるスウィフトの面目躍如という感じがしますね。

 さて、最後に、本書を読んでの感想です。
 ともかく強烈に感じるのは、本書にかける山本氏の「情熱」であり「意欲」です。暗い戦時期は終わりました。これから将来あるこどもたちに対して、人道主義にもとづく優しい心とまっとうな生き方を伝えたいという山本氏の一途な気持ちが溢れ出ている小話集だと思います。



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