ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (楠木 建)
ストーリー
以前、野中郁次郎教授・竹内弘高教授が主催するフォーラムに参加していたので、著者の楠木建氏のことは気になっていたのですが、著作を読むのは初めてです。
多くの具体的な事例をもとに、「ストーリー」という視点から競争優位をもたらす論理を解説していきます。
まずは、楠木氏による「戦略」の定義です。
楠木氏はこの「つなげる:因果論理のシンセシス」というコンセプトから「ストーリーとしての競争戦略」という視点にたどり着きます。
この「ストーリー」という考え方を説明するのに、楠木氏は面白い工夫をしました。「『ストーリー』とは何でないか」を列挙するという方法です。
それによると、「ストーリー」は、「アクションリスト」「法則」「テンプレート」「ベストプラクティス」「シミュレーション」「ゲーム」ではないといいます。
その一連の説明の中から「テンプレート否定」のくだりをご紹介しておきます。
静的なテンプレートに構成要素を当てはめていくだけでは、本質的な差別化戦略は生れてきません。
最近のビジネス書の多くが説くHow To思考に対するアンチテーゼです。
さて、このあといくつかのエントリーに分けて、本書で特に私の興味を惹いたポイントを覚えとして記してたいと思いますが、最終の第7章に「戦略ストーリーの『骨法10カ条』」として著者の主張のエッセンスが紹介されていますので、そちらもメモしておきましょう。
この中の「その6」での箴言をひとつ。
確かに、失敗は「遅く」「大きく」「あいまい」に気づくものですね。
先ずはトライして、細かくPDCAを回しましょう。
競争戦略の基本論理
本書は、「ストーリー」という視点で競争戦略を論じたものですが、立論を進める前段の第二章で競争戦略の基本論理を概説しています。
その中で「競争優位の源泉」について説明しているくだりを何点か覚えに書き記しておきます。
楠木氏いわく、「競争戦略」の本質は「違いをつくる」ことですが、この違いの作り方よって「競争戦略」には2つの考え方があるとのこと、「種類の違い」を重視する「ポジショニング」と、「程度の違い」を重視する「組織能力」です。
ちなみに「競争戦略」といえば必ず登場するマイケル・ポーター氏の戦略論はご存知のとおり「ポジショニング」です。
ポジショニング戦略の要諦は、「what」=何をするかという決断です。これはもうひとつの選択肢との訣別でもあります。
競争優位の源泉たる「違い」をポジショニング(=位置どり)で実現するのですから中途半端は許容しません。
「程度の差」はすぐに他社にキャッチアップされてしまいます。また「程度の差」をつけることに注力し始めると貴重な経営リソースが分散してしまうというデメリットも生じますし、程度の差が顧客に響くかといえば、それは別問題になります。
さて、競争戦略の2つの型「SP」と「OC」ですが、これらは相反するものではありません。
時間軸でみると、多くの場合、SPからOCへという変遷が見えてきます。
そこで、この2つの戦略を組み合わせたマトリックス(SP-OCマトリックス)の中で企業を位置づけるといろいろと示唆に富む気づきが得られます。一般的には、欧米の企業はSP型、日本企業はOC型が多いようです。
このあたり、著者が挙げているSPの例としての「HP」やOCの例としての「カネボウ」は、確かに典型的なものとして納得感がありますね。
戦略ストーリー
楠木氏が提唱している「戦略ストーリー」ですが、具体的にビジネスの文脈の中で「競争戦略」として組み立てるには5つの柱が重要となります。「因果論理とそれにより結び付けられた、起・承・転・結」です。楠木氏は、それらを「戦略ストーリーの5C」と名付けています。
この「5C」で構成された「戦略ストーリー」は、事業開始にあたって当初からフルセットで完成されているものではありません。むしろ、その必要もないと楠木氏はいいます。
経営者には「一本のストーリー」に収斂させていくという意識が重要なのです。一貫したストーリー化のプロセスを経て、企業の「戦略ストーリー」は「強く」「太く」「長く」なっていきます。
「合わせ技」で複雑になった因果論理の束こそ、簡単に他社に模倣されない強固で独創的な競争戦略となるのです。
楠木氏のいう「ストーリー」とは、whyで始まる論理です。SP・OCといった個別の構成要素を首尾一貫した因果論理で結びつけ競争優位を導く「媒介(=つなげるもの)」なのです。
コンセプト
ストーリーの始まりは、本質的な顧客価値を定義する「コンセプト」です。
秀逸なコンセプトとして、著者はいくつかの実例を挙げています。
その代表例が「Amazon.com, Inc.」です。
インターネットの普及に合わせて多くのEコマース企業が生れましたが、それらは従来からの小売業をネット化しただけのものでした。
この経営者が示す明確なコンセプトのもと、アマゾンは、ユーザによるレビューや購買履歴等に基づくレコメンデーションといった顧客の購買決断を支援する機能開発に多額の投資を行いました。
これにより、売り手と買い手が双方向で情報を交換し販売・購入に活用するというダイナミックな関係性の構築に成功したのです。
さらに、この「人々の購買決断を助ける」というコンセプトにもとづき、新品と中古品とを並べて顧客に表示するという「アマゾン・マーケットプレイス」も開始されました。
結果は、一部で危惧されたチャネル間のカニバリズムによる相殺状況が生じたのではなく、購買チャンスの拡大・アマゾンへの顧客ロイヤリティの向上といったプラスの相乗効果が発揮されたのでした。
もうひとつの例は、戦略ストーリーの古典的名作といわれる「サウスウェスト航空」。
CEOのハーブ・ケレハー氏によるとサウスウエストのコンセプトは「空飛ぶバス」とのこと。陸上交通機関の利用者を飛行機に乗せて飛ばそうとしたのです。したがって、戦略の基本の他社(競合航空会社)との「違い」は、「サウスウエストは航空会社ではない」ことでした。究極の違いですね。
そして、そこで重要なポイント。
サウスウェスト航空の打ち手の構成要素、「短距離国内便特化」「機内食は出さない」「座席指定はしない」等々は、この「空飛ぶバス」という基本コンセプトの自然な帰結(因果論理の一貫性)であるということです。
以上のような「コンセプトの重要性」は従来からも指摘されていました。
本書において楠木氏は、もう一歩踏み込んで、「誰に嫌われるか」の明確化がコンセプトメイキングにおいて大切だと説いています。「否定的な視点」から考え直すことによりコンセプトやストーリーにエッジを効かせブラッシュアップを図るのです。すべての顧客に受け入れられるコンセプトでは「戦略の差別化」はできないということです。
さて、「コンセプト」の章での著者の最後の示唆は、「コンセプトは人間の本性を捉えるものでなくてはならない」という点です。
そして、著者は、このリアリティは「自分自身」で考え抜いて追求するものだと説いています。
本田宗一郎氏の開発における信念と一種通じるところがありますね。
クリティカル・コア
楠木氏によると、起承転結の「戦略ストーリー」の肝は、「起」の「コンセプト」と「転」の「クリティカル・コア」にあるといいます。
その「クリティカル・コア」についての著者の解説です。
この「クリティカル・コア」の「ひねり」が他社を寄せ付けない「持続的な競争優位」をもたらすのだと著者はいいます。
「非合理な要素」の具体例として著者が挙げているのが、スターバックスの「直営方式」です。
経済合理性からいえば「フランチャイズ方式」の方が望ましいと一見誰もが思います。しかしながら、「店舗の雰囲気」「出店と立地」「スタッフ」等の要素を通して、顧客に「第三の場所」を提供するというスターバックスの「コンセプト」を確実に実現するためには、「直営方式」が不可欠だとの論です。
そして、この「非合理性」は、競合の追随において「動機の不在」と「意識的な模倣の回避」をもたらし、そこにスターバックスの「持続的競争優位」が生じたのだと著者は指摘しています。
デルにおける「自社工場での組立て」、サウスウエスト航空における「ハブ空港は使わない」、アマゾンにおける「自前の物流センター」といった構成要素も「クリティカル・コア」です。
さて、このクリティカル・コアを含んだ戦略ストーリーは企業に「競争優位の長期的持続性」をもたらしますが、それは「他社の自滅」によるところも大きいというのが、著者の考察の興味深い点です。
この自滅の論理がより顕著になるのは、戦略のコアに「一見非合理」な要素が含まれているケースです。
とはいえ、著者の説く「戦略ストーリー」も実行されなくては無意味です。
第6章「戦略ストーリーを読解する」の中で、著者はこう語っています。
大事なことは「 変えようという切実な意思」です。