複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線 (マーク・ブキャナン)
スモールワールド・ネットワーク
「わずか6人をたどるだけで、世界中の任意の2人は結び付けられる」、思っているよりずっと世界は狭い・・・。こういった状況を解き明かす「スモールワールド・ネットワーク」という概念の解説書です。
生態系のような因果関係が複雑に絡まる事象も、その根本原因は、共通に見られる特徴的なネットワーク構造にあるという考え方です。そのキーになる構造が「スモールワールド・ネットワーク」。
この特殊なネットワーク構造の肝は、近接点をつなげたクラスターの中に時おり混在している「遠くに延びた『弱い絆』」です。
この点について、ジョンズ・ホプキンズ大学に勤務していたグラノヴェターはこう語っています。
同じような構成イメージを、コーネル大学の数学者ワッツとストロガッツは「規則性とランダムさの混在」と表わしました。
こういった「スモールワールド・ネットワーク」は、私たちの身近なあらゆるところで現出しています。
もっとも身近な?ものでは、「脳」内のニューロンのつながりがそうです。
また、自律的に拡大していくインターネットの構造も「スモールワールド・ネットワーク」だといえます。
ただ、この場合は、初期のネットワーク科学で取り扱われていた構造、すなわち「規則性とランダムさの適度な混在」とはちょっと異なるもののようです。
弱い絆のすごい力
「スモールワールド・ネットワーク」の基本構造は、大きく2つの類型に分かれるようです。いずれもクラスター間をつなぐリンクがポイントです。
「スモールワールド」の特性を有するネットワークにおいて、それを構成するエンティティの性質・位置づけは各々異なります。したがって、その多様なエンティティの個々の変化(増加・減少・消滅等)は、想定以上の複雑な影響をネットワーク内に及ぼします。
また、このネットワークへの影響は漸進的なものではありません。液体から固体に変化するような「相変化」が起こります。この場合、ある一定の閾値(ティッピング・ポイント)を越えるかどうかがポイントとなります。
変化が閾値内におさまっていれば、部分の変化はネットワーク内で自然に抑え込まれます。逆に、閾値を越えると、部分の変化は一気にネットワーク内に伝播・拡大するのです。
本書では、「スモールワールド・ネットワーク」の考え方を物理学・生物学といった自然科学の分野にとどまらず、社会科学の範疇にも応用できないか試みています。
たとえば、「2:8の法則」として知られる「パレートの法則」についてのフレーズです。
このパレートの法則への適用にみられるように、本書の主張の興味深いところは、「スモールワールド・ネットワーク」の社会科学への影響を、人間の意思のレベルよりもさらにベーシックなものとして位置づけている点です。
たとえば、最近流行の「行動経済学」に関しても、その行動の源泉は、個々人の意思ではなく集団のネットワーク構造によるとの考え方を示しています。
社会の基本構造を「スモールワールド・ネットワーク型」と想定すると、その特質を理解したうえでの効果的な行動が可能になります。
これは、「スモールワールド・ネットワーク型組織」の創出を意図的に志向すべきという、著者からのさらに一歩進んだメッセージです。
(この「スモールワールド・ネットワーク」のコンセプトは、現下の新型コロナ禍のような感染症対策に、まさに参照されるべき考え方でしょう)