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非線形科学 (蔵本 由紀)

単純 vs 複雑

 「複雑系」に関しては、ちょっと関心があったので、以前も「複雑系の意匠」という本を読んでみたりしました。

 本書の著者の蔵本由紀氏「非線形科学」の第一人者です。
 氏は、「まえがき」において、デカルトにはじまる近代合理主義精神をベースにした現代科学のあり方に対して、今、「何か足りないのでは」という疑問が感じられ始めていると指摘しています。それが、現代の「複雑系」「非線形科学」への関心の高さの背景にあるとの考えです。

(p18より引用) 広く認められた見解というよりは私個人の提案に近いのですが、非線形科学というものを「生きた自然に格別の関心を寄せる数理的な科学」とみなしてはどうかと思います。

 ここでの「生きた自然」を感じる元にあるものが「創発」という現象です。これは、結晶化や磁化のように、構成要素間の緊密な相互作用から生れる新しい性質の発現を言います。この創発が、複雑な様相を表わす非線形現象の源なのです。

 著者は、現代に至る科学の流れを「樹木」にたとえます。
 不変構造の源を物質の構成要素の細分により求める考え方です。

(p244より引用) 「物理学がそのすべてのエネルギーを傾注すべきものはミクロの世界であり、ミクロな要素こそ扇の要であって、そこさえ押さえればこの世界は原理的に理解可能である」という信仰が生れたのも無理からぬところがあります。
 このような自然観の信者たちは、科学という知識体系を一本の樹木のようにイメージしがちです。樹木の根もとには物質と時空の根源を探究する素粒子物理学があります。・・・
 樹木のイメージでは、多様なものを統合しようとすると、根もとに向かう方向でしか考えられません。・・・

 他方、非線形科学の採る方向は、末端の現象世界に止まって考察を進めるのです。

(p246より引用) 樹木の根もとにさかのぼることなく、枝葉に分かれた末端レベルで横断的な不変構造を発見できるという事実を、非線形科学は確信させてくれました。

 視座の転換です。

複雑系の示唆

 本書は、非線形科学の入門書という位置づけですが、やはり基本的知識において素養のない私にはなかなか理解することは困難でした。

 その中で、「考え方」という面で参考になったところを1・2、ご紹介します。
 まずは、複雑な対象を理解するための基本的アプローチ方法についてです。

(p54より引用) 一般に、複雑な対象を理解するには、基軸あるいは座標軸になるものをまず確立することが非常に重要です。座標軸をもつことで、個々の現実がそこからどのようにずれているかを測ることが可能になります。現象の根幹をなす主要な情報と副次的な情報を選り分けるという作業が、複雑現象の理解にとっては欠かせません。

 整理のための基軸をしっかりと持つこと、これは、物理学に限らずあらゆる事象の理解に向かう普遍的な王道です。

 参考になったもうひとつの示唆は、「単純モデル」の効用です。

(p78より引用) カオスと今日よばれているような複雑な運動が、いとも簡単にこのような単純なモデルから出てくるということを主張したかったためです。気象学との関連でいえば、長期予想が難しいのは、必ずしも現象に関係する要因が複雑雑多であるせいではないということを主張したいがためでした。カオスの存在は、今日では誰の目にもまぎれもない現実です。この現実に人々の目を開かせるために、あえて現実離れしたモデルを導入するというパラドクスがここにあります。これこそ非線形科学の特色を鮮やかに示すものです。

 私たちは、しばしば、「複雑な事象が理解しづらいのは、関連する要素が多種多様にあることが原因だ」と考えてがちです。
 著者は、そういった思い込みを否定します。
 複雑な結果は単純な条件からも生れうる。カオスは、単純なルールが生み出す複雑さだというのです。
 モデル化は、実世界を理解するための有効な手法です。単純化されたモデルは、一見複雑にみえる現象社会の理解を助けるひとつのスキームだとの指摘です。

 本書のエピローグにおいて、著者の蔵本氏は、非線形科学の特徴的なアプローチ方法を総括し、その意味づけについて説明しています。

(p246より引用) じっさい、私たちは「何がどのようにある」という基本パターンにしたがって、ものごとを理解しています。「何」と「どのように」が変数になっていて、そこに値を入れる、つまり可変部分を不変にすることで知識が確定するわけです。

 非線形科学は、この「どのように」という述語的不変性に軸足をおいて複雑な現象世界をとらえようとするもののようです。
 「何」という主語があれこれ異なっていても、同じ「述語」が使われるものに着目します。
 「主語(何)」を探究するのが従来の科学のアプローチです。

 非線形科学の方法論は、「述語」をキーにして異質なものを紐づけるのです。そうやって新たにまとめられたアナロジーから、(根もとにさかのぼることなく)新たな不変構造を見いだしていくのです。


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