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間違いだらけの経済政策 (榊原 英資)

理論の役割

 著者の榊原英資氏は、元大蔵官僚のエコノミストです。

 本書において、著者は、現在の経済の構造変化に対応するためには、従来型のマクロ政策は役に立たず、それぞれの分野の需要と供給に直接影響を与えるミクロの政策が必要だと説きます。
 著者は、現在の日本の経済運営に関わっている人たちの「マクロ理論」信奉に問題があると指摘しています。

(p34より引用) 現実が大きく変化しているのに、あるいは、対象としている現実が理論の想定しているものと著しく異なっているのに、現在、確立している理論で現実を分析しようとする態度が、特に日本の政府当局者やエコノミストに強いようです。

 特に、ここ10数年間、「理論」は前提とした「現実」のもとでのみ機能するという「理論と現実との関係性」を逸脱した経済政策がとられてきたと言います。
 理論偏重の考え方です。

(p35より引用) 日本的現実と理論とがくい違うと、「日本的現実が遅れているのだから、まずこれを変えなくてはならない」という、本来の理論と現実のあり方からいったら、まさに逆立ちしたような議論がしばしばなされたのです。
 ・・・筆者も一つのきわめて有効な経済分析の枠組みとしてのマクロモデルを否定するつもりは毛頭ありません。
 しかし、構造が大きく変わっている場合には、その分析力には限界があり、かつ理論モデルの側から演繹的に現実を切ってはならないということには十分留意すべきだと言っているだけなのです。

 著者は、ひとつの指標で物価を判断することの問題点を繰り返し指摘しています。
 東アジアを中心とした経済統合によって構造的なコスト削減が可能となり、それが物価の安定状態(デフレ)をもたらしました。と同時に東アジア経済圏に対する日本からの輸出も活性化し景気拡大も進んだのです。

 景気拡大とデフレの同時進行という現実の姿は、従来からのマクロ理論では説明困難な状況です。
 さらに最近では、製品価格の下落(デフレ)と資源価格の上昇(インフレ)とが共存しています。

(p71より引用) インフレの時代だ、いや、まだデフレが続いているという議論をしていてもあまり生産的ではありません。問題は、価格の構造変化であり、一つに抽象された価格のレベルではないからです。
 つまり、一国・一財一価格を基本とするマクロ経済理論やマクロモデルが、経済統合・価格革命などの構造変化でその有効性を大きく減じてきたのです。

 元大蔵官僚であること、すなわち、ある意味では経済運営の失態の責めを負うべき立場にあることから、著者の発言の評価には振れ幅があるようです。
 ただ、本書についていえば、旧態然とした従来の経済政策の問題点を、初心者にも分かりやすく整理・解説しているように感じました。

先頭ランナー

 明治以来、日本は欧米諸国の後を追いかけ続けていました。初期はヨーロッパを、その後はアメリカを目標に、その国々での先行的な経験や知見をベストプラクティスとして取り込んでいったのです。

 著者は、本書で、「今や大衆消費社会という点では、日本が世界の先頭を走っている」という事実(転倒性)をはっきり認識することが重要だと主張しています。

(p40より引用) 今まで、そして現在も、日本人は日本で何か難しい問題が起こると、欧米を見回して、それにならって問題を解決しようとしてきました。しかし、この「転倒性」はその方法論自体を否定してしまうのです。先頭を走っている日本が後ろを振り返って欧米を見たところで、参考になるものはほとんどないというのです。

 さて、参考となるモデルがないとすると、解決策は自分で考え出すしかありません。その出発点は、やはり、「現場・現物・現実」になります。

(p205より引用) 時代の転換期、あるいは、環境が大きく変化するなかでは、いつも現場主義が有効です。日本経済全体にとっての現場、それは、ミクロの世界です。

 事象をマクロでつかむのではなく、個々の現実の事象に着目した解決策を打つという方法論です。
 具体的には、
 個別事象から問題点を抽出する。
 その問題点を「1段階論理化(抽象化)した課題」に止揚する。
 そして、その論理化された課題を、個別の問題点の解決の場に適用させて、全体整合性のある個別対策を実行する

という段取りになるでしょう。

(p216より引用) 成長を重視するのか、格差是正を優先するのかというマクロの政策論争がまったく意味がないとは言いませんが、そろそろきめの細いミクロ政策を積み重ねて政府の政策の構造をしっかり示すべきでしょう。
 構造改革というと、規制の緩和を目指すべきだという一言で結論を出す人も少なくありませんが、問題はそう簡単ではありません。それぞれの分野で、規制の緩和をするのか強化をするのか、政府と民間の役割を明確にして、あたらしい日本経済の構造をはっきりさせるべきです。

 著者は、マクロ理論の適応の限界を認めた上で、ミクロ政策の充実を訴えています。

 本書の後半になると、食料やエネルギーといった資源政策等にも言及し、少々口が滑らかになり過ぎている感じもしないではありません。が、最近、マスコミ等でも話題になっている著者の最新刊ということで・・・。

(注:本稿は2009年に投稿した再録です)


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