逢いに行く
「明日来る?」
息子から連絡がある
遠慮したい気持ちはあるけれど、一日でも早く逢いたい
息子の家から近い産院に足を踏み入れるとそこは別世界
外来には沢山の人が待っていた
こんなに赤ちゃんを望んでいる人がいっぱいいるんだ…予約制のはずなのに
私は小さな助産院で子どもたちを産んだから全く様子が違っていた
息子は手慣れた風にエレベーターで二階に行くと受付のある分娩室の前で名前を書く
入院施設は四階、個室が並んでいる
見覚えのある名前札の前で立ち止まり、ノックした
お母さんになったアイちゃんは二人掛けのソファに座り、生まれたての我が子を見つめている
小さくて儚い命
見ているだけで不安になるくらい
「パパでちゅよ」と息子は当たり前のようにフニャフニャの我が子を抱き止める
私は少し離れて怖々と様子見をする
小さい、小さすぎる
「名前は決まったの?」
「教えてないの」
「いや、教えた」
…あゝ、あの名前でいいのか
息子が「多分」と教えてくれた名前でいいのかと心の中で思う
息子の抱く赤子に恐る恐る近づく
最初にほっぺを触ってみる
次はフサフサの頭
そして小さな小さな手
不思議な感触
「おばあちゃんでしゅよ」
私もいつの間か赤ちゃん言葉を使っている
いつかいなくなってしまうのではないか、そんな風に思えるもの
赤子という通り顔も足も手も赤い
本当に生まれたてなんだ
息子たちのことはもう昔過ぎて忘れていた
そう言えば「いつかいなくなってしまうのではないか」と生まれたての息子たちを見て、思ったことに気がついた
あの時も…
彼方の世界から降りてきたばかりの汚れない子どもたちのことを
フガフガと泣き出した
「ミルクかなぁ、ちゃんとお腹は空くんだね。三時間経ったから」
と言いながらママはミルクの用意をする
小さな哺乳瓶にキューブになったミルクを入れて、お湯を注ぐ
水で冷やしてから、様子を見て赤子の口に当てている
ママとパパの共同作業
今時は何でもやるんだ
私は完全母乳育児だったから息子たちはミルクの味を知らない
哺乳瓶も無かった
赤子は心地良い飲みっぷり
三十CCのミルクを飲み干した
首の座らない赤子をパパが肩まで持ち上げて、背中をトントンと軽く叩く
「グェ」とげっぷが出る
ここは母乳もミルクもおんなじなんだ
少しずつ思い出してくる
しばらくして息子が
「お母さん、抱っこしてみる」と聞いてくれる
「首が座ってないからね、肘に首を当てるといいんだよ」
恐る恐る赤子を受け取る
私の腕の中でスヤスヤと眠っている
私まで心地いい
私は心の中で「生まれてきてくれて、ありがとう」と何度もつぶやく
あっちの世界から降りてくる時には涙を流して別れを告げると教えてもらったばかりだから、不思議な感じがした
「あっちの世界かはどうだった?」
言葉に出さないで聞いてみる
ずっと黙って赤子と会話をした
ありがとう、ありがとうと…
三十分くらい抱っこをさせてもらい
夕闇の中、満員電車に揺られて帰る
足取りは重いはずなのに気持ちは軽やか
家に帰り、軽めの夕食を取り
晩の祈りをする
母の写真を見て「あっ」と気づく
赤子に聞くのを忘れていた
「あっちの世界で曾祖母ちゃんに会ってきた」かを…
また会いに行かないと
忘れものをした気分
「落ち着いたらまた来てね」
さて、いつになることか
期待しないで待つことにしよう