タガログ語の教材をオープンアクセスで公開しています
私は言語学者です。
ふだんは言語学に関する研究をしながら、このディシプリンを東京大学で大学生や大学院生に教えています。東京言語研究所では一般の方にも教えています。
特に、専門はフィリピン・インドネシアで話されるオーストロネシア語族と呼ばれる言語です。
そんな私ですが、実は、タガログ語 (フィリピン語、フィリピノ語) の語学教師でもあります。
2013年度から2018年度は東京外国語大学のフィリピン語専攻で専任のタガログ語教員でした。大学生に教えていました。
2023年度からは東京外国語大学オープンアカデミーで、さらに2024年度からは放送大学でタガログ語を教えています。こちらは誰でも受講できるので、高校生からリタイアされた方まで幅広い年代の方が授業に出てくださっています。
今回、東京外国語大学オープンアカデミーと放送大学で使用している教材をオープンアクセスで公開することにしました。
この記事では、「言語学な人々 Advent Calendar 2024」の記事として、その理由や背景についてお話ししたいと思います。
「言語学な人々」とはちょっと関係ないように思えるかもしれませんが、実は言語学を研究していればこそという理由もあります。
こんなタガログ語の教材です
タガログ語 (フィリピン語、フィリピノ語) の教材をどうして公開したか、その理由を語るまえにまずは公開している教材をご紹介します。
まず、東京外国語大学オープンアカデミーの教材はこちらにあります。
次に、放送大学の教材はこちらにあります。
どちらも私が実際の授業で使用しているハンドアウトです。
授業で話す文法の内容をまとめたハンドアウトと練習問題のハンドアウトからなっています。
どちらの授業も語学の授業のコマ数としては多くはないので、授業は語学学習の習慣形成のために使ってもらって、あとは練習問題などで補ってもらう感じになっています。
受講生のみなさんには、これらの PDF を適宜、自分のタブレットなどで閲覧してもらうか、印刷してもらうかなどして授業を受けてもらっています。
授業回数としては東京外国語大学オープンアカデミーが年に30コマ (前期15コマ、後期15コマ) で、放送大学が8コマです。
東京外国語大学オープンアカデミーの方が長いので、その分、カバーする内容が多くなっています。放送大学の方はカバーする内容は少ないですが、授業内容は同じです。
下の記事にも書いたように、私はタガログ語の上達には文法は不可欠だと考えているので、授業は、文法の概略をお話しして、それを使えるように練習していくという感じです。
この教材は誰のため?
これらの教材はオープン・アクセス (OA) です。
つまり、すべて無料で誰にでも公開されています。
この教材を使用したい人なら誰でもどこでもいつでもダウンロードできるようになっています。
CC-BYのライセンスで公開していますので、適切な引用をした上で授業、勉強会などで使用できます。
想定している使い方としては以下の通りです:
タガログ語を独学するときの参考として
タガログ語に関する勉強会を開催するときのハンドアウトとして
タガログ語を教えるときの教材として
タガログ語を学んだり教えたりする機会はあまりないように思うかもしれませんが、聞くところによると、日本でもフィリピン人の方が多い地域などではタガログ語勉強会はけっこうあるそうなので、そういうところでも役に立つかなと思っています。
理由: 多くの人にタガログ語に触れてほしい!
それではなぜ私はこのようにタガログ語の教材を公開したのでしょうか?
その理由はいろいろあるのですが、一番は、多くの人がタガログ語に触れてほしいという考えです。
私はもうかれこれ20年ぐらいタガログ語の勉強と研究をしています。人生の半分ぐらいをタガログ語にかかわって生きてきたことになります。愛着もあります。
なので、これらの教材をオープン・アクセスで公開することで、多くの人がタガログ語に触れるきっかけになってほしいと思っています。
もちろんこれらの教材は私の授業の資料なので、私の東京外国語大学オープンアカデミーや放送大学での私の授業がどういうものかを事前に知ることもできます。
理由: 言語学の研究の成果を語学に還元したい!
さらに、言語学の研究の成果を語学の現場に還元したいという理由もあります。
言語学を研究する人たちのなかにはときどき「言語学と語学は違う」と言う人がいるのですが、私は言語学と語学は切っても切り離せない関係にあると考えています。
その意味で、自分が普段行っている言語学の成果を語学になんとかして活かしたいなという気持ちがあります。
また、最近、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で開催された Symposium on Integrating Pragmatics into Asian Language Instruction に招待されて、タガログ語の研究について発表する機会がありました。
このシンポジウムは、東南アジアの言語に関する研究がどのように実際の語学教育に活かせるかが大きな主題でした。
このようなさまざまな経験が重なり、タガログ語の教材を公開することで、少しでも私の研究成果を語学の現場に還元したいと思うようになりました。
たとえば、現在世界で使用されているタガログ語の教科書は基本的に50年ぐらい前のタガログ語の理解に基づいて書かれており、事実とはいえないことが書かれていることもあります。
私の教材ではできるだけ最新の理解に基づいた記述と説明を心がけています。
理由: オープンアクセス (OA) にしたい!
今回、教材を公開する際には、プラットフォームとして Open Science Framework (OSF) を使用しています。
このプラットフォームはその名の通りオープンサイエンス、すなわち、科学研究の成果をデータを含めて広く公開し、透明で、再現性のある科学研究を目指していこうという方針のために存在するものです。
私も実験研究やコーパス研究の成果に基づいて書いた論文のデータを公開するときに使用しています。
一方で、このプラットフォームはワークショップや勉強会のスライドやデータを公開する際にも使用されています。
今回は後者の目的に合致しているということで、OSF を使用しています。
この OSF を使ってオープンアクセスで公開することでいくつかの利点があります。
まず、世界のどこでも、誰でも、アクセスできます。
タガログ語について知りたい人なら誰でもこの情報を使用することができます。インターネットが使えれば平等にアクセスできます。
次に、この教材におかしいところがあれば指摘してもらうこともできます。あるいは、教材として使ってもらった場合にはフィードバックも得られます。
このようなことは紙の教材でもできないことはありませんが、OSF を利用することで簡単にできるようになります。
最後に、どんどん内容を更新していけるのがいいことですね。その点については次の項目で書きます。
理由: いつでも新しくできる!
OSF のようなプラットフォームで教材を発表することのいいところは、いつでも内容を更新することができることです。
そうすることで、単純なタイポであったり、わかりにくい内容であったり、そういうものを簡単に修正することができます。
紙の教材でもそういうことができないわけでもないのですが、OSF でやる方が圧倒的に簡単で、バージョンコントロールも簡単にできます。
実際、現在公開している東京外国語大学オープンアカデミー用の教材は、冬休みに来年の講座にむけてさらに更新する予定です。
語学の教材においていつでも新しくできるところのいい点は、その言語の実際の使用に即した変更を行うことができる点です。
というのも、言語は変化するものです。
よく使うあいさつやフレーズ、構文が毎日少しずつ変化していきます。口語的な表現はなおさらです。
さらに、必要とされる語学の能力なども変化してきています。
たとえば、語学書というと、市場で買い物をしたり両替をしたり道案内をしたりという場面がよくあります。
しかし、今やスマホを使った決済や地図サービス、配車サービスがあるので、もはやこのような会話パターンは陳腐化してしまいました (上で言及したカリフォルニア大学でのシンポジウムでも、この話題が何度か出ました)。
こういう変化に OSF のオープンアクセスの教材なら対応できます。
Maligayang Pasko! メリークリスマス!
というわけで、私がなぜタガログ語の教材を公開したのかというお話をしました。
「言語学な人々 Advent Calendar 2024」ということで、こういう活動をしている言語学者もいるということをお伝えしました。
みなさんもぜひこれを機会に語学や言語学、タガログ語について思いをはせてみてください。
そして、素敵なクリスマスをお過ごしください。
Maligayang Pasko! メリークリスマス!