テントが空に舞う、暴風警報発令の朝
琵琶湖の畔のこの場所は無料で敷地も広いのが良いのだが、水場がないのが不便なのと、光害のせいで星空はのぞめない。
今夜はかろうじてオリオン座が見えたから良しとしよう。
今回のキャンプは一泊のみなので、食材が少なくて済む(どこが少ないねんの声は無視)ので、コットを頑張って持って来た。
昨年のデュオキャンプでお尻を割ってからはまだもう少しお尻に優しい生活をしたいのでコットを持って来たわけだが、やはりコットありバージョンのキャンプは寝心地最高で良い。
コットの下に色々押しやれるのでテント内もスッキリと片付くのも良い。
片付けられない女がキャンプで片付けを学んできて、いまやこんなにもスッキリとしたテント内でキャンプができる女となったの図。
(注:設営してすぐだし、お菓子もまだ開けてない状態。テントシューズがコットの真ん中に放り投げられているのはワンポイントと思ってもらえれば。)
いつもは左を寝床にするのだが右にしてみた。この配置だけでしばらく悩むタイプ。
向こうの比叡山の山頂にはうっすら雪が残っている。
夜は1℃まで冷えて極寒であった。
カイロを身体中に貼り、ダウンジャケットにダウンパンツを履いて就寝。
しかし、寝袋から出ていた鼻先が冷たくて珍しく夜中に目が覚めた。
アイマスク(テントが白色なので朝の日光で死にかけるため朝寝坊をしたい私は完全遮光のアイマスクを装着して眠る。)に貼るカイロをちょっと下にずらして貼り付けて鼻をカイロで直に温めて眠り直した。
最低温度3℃までしか体験していなかったので、1℃はなかなかハードだった。寒がりの私にはちょっと無理かも知れない。1週早まったか…と吐く息も白くて泣きそうになる。
とは言え、朝目覚めたのは10時。
我ながら毎回よくここまでテントで熟睡して朝寝坊ができるもんだと感心した。
しかし、今朝は風の音と内側で眠っている私をバシバシとテントが攻撃してきて目覚めたのである。
アイマスクと耳栓をずらすと風の轟音。
そして暴風によりだいぶ内側に凹んでしまっているテント。
おいおいどうした。
雨は降っていないし寒くもないが風だけが凄まじい様子。
iPhoneで天気予報をチェックすると、10時に突然風速が0から5mへと強まっていた。
どうやら暴風警報が発令されて、最終的には琵琶湖畔で風速15mまで上がっていたらしいと後で知った。
コットの位置が偶然風上だったため、私の体重でかろうじてテントがテントとして機能していた。しかし、南西から強烈な力で捲りまくる強敵に勝ち目はなさそうである。
内側から必死に背中で支えて対抗したが、どうやらサイドのペグが取れてしまったらしい。
いよいよ自転車も倒れて転がったし、前室に置きっぱなしのコンロとかゴミも飛ばされないか気になった。
そして、強烈な尿意。
まずはペグをさし直してトイレへダッシュするしかない。
頭でシュミレーションして意を決してコットから降りて、ハンマーを手にしてテントのファスナーを開け、靴を履こうとしたその時。
ブオオオオーーーーという暴風が私の家を襲った。
…。
信じられない。
ああ。
テントの南西側のペグが全て外れ、空を飛ぼうとして飛び立つ直前の気球のような状態で空気を取り込んでスタンバイをしたかと思ったら、残りのペグを全て力ずくて抜き去り、テントが膨らんで空を舞った。
ああ。
飛んでいく。
我に返った私は、慌てて靴を履いてテントを追いかけて走り、ギリギリ手の届いた一本のガイロープを掴んだ。
スルスルスル。
くるくるくる。
嘘だろ、飛ぶのかテント。
しかも空で回転している。
小学生の時によく凧を作って淀川の河川敷で凧揚げをしたっけ。
昨日、友達の子供が卒業式に「カイト」を歌うって聞いて、それが嵐の曲とは知らなかったなあ。マイラバだと思ったけどマイラバの曲は「白いカイト」だったな。
ああ、白いカイト。白いテントが揺れている。空中で。
…。
ギャー。
我に返った。
あの空を舞うテントの中に、iPhoneも、カメラも、タブレットが!!
しかもカッチカチに固いゲバラマグと東野幸治の魔法瓶もあの中にいる。そしてコットも。
空中でどうなってるのだろう。
ああ、誰か、助けて。
私のデジタル機器を助け出して。
お願いします!
すると、近くを暴風の中でお散歩していたカップルが「ええ!」と言ってから駆け寄って来てくれて、ジャンプしてテントの1つの角を掴んでくれロープもキャッチしてくれた。
3人で暴風の中、凧揚げならぬテントあげならぬテント下ろしに格闘。
言っておくが風は一向に止まない。
3人とも髪の毛を逆撫でながら地面に我が家を下ろして押さえつけた。
彼氏の方がものすご横分けヘアーになりながら、「どの辺にしますか?!」と叫んでいる。
私は「もはやここでいいです!」と答え、「向きは?!」「このままここで仕留めます!!」と答え、「了解!支えます!」と彼氏が力強く押さえ込み、彼女も反対側に回り込んで地面に押さえ込んだ。
私は大急ぎであちこちに散らばったペグを拾い集め、カンカンカン!とハンマーで打ち込んでいく。初めて出会ったとは思えない3人の連携プレー。何とか全てのペグを打ち、ロープの一本を木に、もう一本を自転車に縛り付けて一安心。
「良かったー!!」「他に何か手伝いましょうか?」と聞かれたが、私はすぐさま電子機器たちの生存を確認したかったので「ありがとうございます!!大丈夫です!」と答えて私たちは解散した。
そして深々と頭を下げてから大急ぎでテントの中に入ろうと歩き出して、自分で張ったロープの罠に足を引っ掛けて盛大にこけた。
なぜか、強風の中でしばらく柔らかい地面に顔をつけたまま笑いが止まらなかった。
去っていくカップルよ、頼むから振り返らないでくれ、今は誰も気付かないでくれ、助けないでくれと願った。
やっとの思いでテントの中に入ると、不思議なことにコットが左に移動していて、コットの上にカメラ、そしてぐちゃぐちゃになった寝袋の上にタブレット、寝袋の下からiPhoneが発見された。電源をつけたり消したり触ったりしたところ、3人とも無事に息をしていた。良かった良かった。無傷で空を飛んで回って着地したらしい。
魔法瓶も凹んでおらず、お茶もこぼれていなかった。
ふぅー。
少し離れた、さっきまで寝ていた場所付近の、前室に置いておいた保冷バッグやフライパンやゴミなどを全て集めなければ。
椅子はどこへ行った?
というか、おしっこちびりそう。
あんなところに靴が片っぽ落ちてるよ。
飛ばされないように拾いにいかなければ。
よくカメラが無傷で済んだなあ。
あんなに空で回転してたのに。
やれやれ。
ああ早く片付けてトイレへ行かねば。
シートが飛んでどこかへ消えている。
探さねば。
大忙しの朝だった。
そして。
全てをクリアした後、暴風をテントの前室で防ぎながら、余裕ある朝ごはんを食べた。
1月に岐阜旅で買って帰った高山ラーメンを春になったらキャンプで食べちゃうのを楽しみにして、じっとじっと冬の終わりを待っていた私。
セブンイレブンの国産ねぎが香ばしい炙りチャーシューをトッピングするのが私の袋麺の食べ方である。自己流チャーシュー麺でグレードが一気に上がる。
美味しいので全人類麺類にオススメしたい。
何事もなかったかのように湯を沸かしてラーメンをすすれる自分が誇らしい。
この落ち着きたるや、私の長所である。
我ながらクール過ぎて惚れる。
先ほどの出来事は、現実に起こったことなのか、夢なのか分からないくらい夢うつつであった。
寝起きすぐにテントが空を飛ぶなんて信じ難い。夢かも知れないと思いたかったが、ダウンパンツの膝が汚れているの見て、そういや確かにさっき派手にこけたのだったと確信できた。
テントが再び飛ばないようにするには、念のためもう一度重しを用意するしかないなと思い、食べ終わってからテントの中に戻ってさっさとまた重し代わりの体をゴロゴロさせることにした。
風上の左の扉はしめて、右だけ開けて、椅子も飛ばされないようにひっくり返して地面に寝かして。
まさか木は飛んでいかないよなぁと眺めながら思っていた。
しかし風向きが良かった。
琵琶湖の方へ飛んで行ったらもう一貫の終わりだった。
湖畔のキャンプも思わぬところにリスクがある。
まさかこれが飛ぶとは思わなかった。
自立型のテントはペシャンコにならずにこのままの形で空を飛んで空中で回るということ、
今後は天気と気温だけでなく風速もチェックすることを学んだ。
あと、ペグをしっかりさすことね。
これ、キャンプの基本。
地面が柔らかすぎたので浅めに適当にペグをさした私がいけない。
慣れてきて手を抜いたら自然にこっぴどくやられた。
キャンプはまだまだ学びの連続である。
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