飛騨牛ホルモンを食べて旅人に戻った。
飛騨地方に来たら飛騨牛を焼いて食べまくるということで毎度おなじみの私なんだけど(知らんしは無しで)、今回は、飛騨牛は飛騨牛でも、焼き肉やステーキ以外の飛騨牛を食べてみようという前向きな挑戦の心を胸に、奥飛騨温泉郷へやってきたのであります。Theポジティブ。
泊まった旅館は、数組限定の雪見温泉のあるお宿だったが、夕食会場などで密になるのは避けたかったのと、夕食をつけると好き嫌いの多い私が食べられない食べ物がいくつか付いてくることが常なのでそれならば、宿の外で好きなものだけを食べに行った方がいいなと思ったのとで、夕食のないプランにした。
朝食も、普段から朝ごはんを食べないので、こちらも一人旅の時は必ず外すのだが、ここの宿は奥飛騨の卵が売りとのことで、卵かけごはんが何杯でも食べられるという謳い文句に誘惑されて朝食だけ付けるプランにした。
新平湯温泉には、コロナとはあまり関係なく、晩御飯を食べるお店が元々少ないようだった。旅館付近で晩御飯を食べられるお店の選択肢があまりないらしいことは宿からのメールで知っていたので、飛騨牛しぐれ弁当でも買って部屋で食べてもいいなと思っていた。
しかし、宿の人が、おすすめのごはん屋さんが近くに2つあるとメールで教えてくれたのだが、そのうちの一つが飛騨牛のホルモンを使った鍋のお店だった。
ホルモンなんていつもは食べないのだが(嚙み切れなくて終わりが分からないし、顎関節症であごが疲れるし、それを食べるくらいならもう1人前カルビを食べたい人である故)、飛騨牛のホルモンと聞くと「ムムム?初耳!」と気になってしまい、ホルモン鍋に挑戦することにした。
宿にチェックインし、サクッと1回目の温泉を堪能し、湯冷めしないように厚着をして飛騨牛ホルモンのお店に出発。
玄関口で宿のお兄さんが「傘を差して行った方がいい」と宿の傘を貸そうとしてくれたが丁重に断った。
理由は傘を手に持つのが嫌いだからだ。
雨より雪の方がふわふわしていてあまり濡れないだろう、という雪に馴染みのない人間の浅はかな発想により(雨でも傘はめったに差さないけど)、傘を持たず大判のストールを頭ごとぐるぐる巻きにして「これでしのぎますので」と言って世を忍ぶ女忍者スタイルで宿を出た。ニンニン。
徒歩8分くらいの距離だったが吹雪は予想外に堪えた。
ストールからはみ出た横の毛が軽く凍っていた。
両肩のストールに雪が少し積もった状態でお店に入ると、お客さんは誰もいなくて、おばさんが1人いて、「あんた、どうしたん!」と言って出迎えてくれた。
「傘は?」と聞かれたが「傘は嫌いなので」と私が答えると笑っていた。
「よう来たねえ!」と大歓迎してくれ、
「ひ、ひ、飛騨牛のホルモンを…」と凍えながら私が言うと、かぶせるように「ホルモン、テッチャン鍋ね、うどんも入れとくね」と勝手に決められて「はい!それで」と答えた。
雪の積もったストールもコートもダウンも脱ぎ捨ててストーブで温まった。一気に温もったので、「生ビールも追加で」とお伝えしたら、違う声のおばさんが奥の方で「はーい」と返事した。
カセットコンロと一緒に持ってこられたホルモン鍋はどこからどう見ても美味しそうだった。
「まずスープだけ飲んでみてよ」とおばさんが言い、もうおばさんの言いなりで、ズズっとすすると「うわ!めっちゃおいしいんやけど!」と感動。
ホルモンも永遠に噛み切れないものではなく、どちらかと言うと、とろける系。味もしっかりしみ込んでいて、なんて言うんですか浸透感。分析できないフォーリンラブ。大人も子どもも共感の 好き好きパワー、いい感じ。(by DA PUMPの昔の曲)
「おいしいわー」と500回くらい言いながらあっという間にうどんを食べてしまい、おばさんが「この残ったスープで雑炊にしたら、それはそれでまたおいしいんよー」というもんだから「じゃ、ごはん追加で!」と言わざるを得なかった。おばさんはびっくりしていて「ちょっとにしとこうか?」と言うが、ここは抗ってみて「いいえ、普通で大丈夫!」と答えた。
そしてまんまと全部食べてしまった。
私が「コレ最高やわ」と言いながら食べ続けるもんだから、おばさんもそんな私がかわいくてしょうがないらしく、「あんたの着てるその服かわいいねえ」とか「あんたの首に巻いてたそれは毛布?ちょっと見せてー」と言い、「毛布じゃないよ、ストールです。でかいでしょ。頭ごと巻けます。」と教えてあげた。
「どっから来てくださったん?」と聞かれ、「あんまり大きな声で言えないけど、ごめんなさい、大阪からです。」と答えた。
「大阪?ありがとうねえ!来てくださって!大阪も大変やろ。あの知事に、ハンサムで好きや、応援しとるって言うといてなー」と言うおばさん。
そしたら調理場の方からもう一人おばさんが出てきて「吉村さんやろ?男前やでー」と言いに来た。やっぱりおばさんがもう一人いたのか、と納得。
「吉村ちゃんに今度言うときますー」と言うと2人のおばさんが喜んで笑っていた。
良かった。
この1年は、どこへ行っても堂々と「大阪から来た」と言えなかった。
もしも少しでも他所の地域で話すような場面があると、大阪弁が出てしまうからバレバレではあるが、常に心の中では滋賀県人っぽい顔をしたりしてごまかそうと思っていた。琵琶湖は私らのもんよ、みたいな大阪と無関係な顔、知らんけど。
おばさんたちはマスクをして少し距離をとりながら、楽し気に話しかけてくれた。
「新穂高のロープウェーなんか外国人ばっかりやったのに、今はガラガラで誰も乗っとらんよ。」
「大変なことになったよ。」
「この店もお客さん来たの久しぶりよ。ありがとうねえ。」
「旅館もお客さんあんただけでしょう?」
「多分一人です。バスも誰も乗ってませんでしたよ。」
「1年前まではそんなんじゃなかったんやけどねえ」
どうしたってコロナの話題になる。
きっとこの店は人気の繁盛している店だったのだろうと思う。壁には一面に芸能人のサインが貼られている。
大泉洋のもテレビのすぐ横に見つけた。これを見ながら紅白を見たのかなと思うと少し笑いがこみあげてくる。
それから、おばさんたちはテレビを見ながら
「ええ、高山でも積雪60㎝やて!」
「大変やねえ」
「富山も新潟も雪で立ち往生やて」
と雪の話に移った。
「さっきバスで高山から来たけど途中の表示でマイナス11度ってのがありましたよ」
「ありゃー!そりゃ寒いわ」
「大阪はどんなん?」
「雪が積もることなんて滅多にないですよ」
「そうなん」
「ここは5,6月頃も綺麗なんよ。山が綺麗でいいんよ」
などなど、コロナと無関係の自然の話をした。
旅先で、知らない人と、コロナと関係のないたわいもない話を長々としたのは、なんだかとても久しぶりな気がした。
一人旅ってこうだったよなと思い出して、とても懐かしい気持ちになった。
「今から旅館に帰るん?」と聞かれ
「いえ、滝のところがライトアップされてるから行ってみたらいいよと宿のお兄さんが教えてくれたから、そこ寄ってから帰ります」と言うと、
「あんた、強いねえ!」「強いわー!」
「一人で吹雪の中、滝に行くんか。」
「アハハハハ…。」
どう見ても私より強くて逞しそうなおばさんたちに、強い強いと言われてしまう私。
「おばさんらは『警察24時』が始まるからそれ見るわ。」「何チャンやったかな」「お姉さん、気を付けるんやで。滝に落ちたらあかんよ」「道に迷ったら戻っといで」
と言って見送ってくれた。
「傘、持っていきーや」とおばさんも言ってくれたが、
「傘を持つと、こけた時に手を付けないからやめときます。毛布を頭に巻いていきます。」と言って、女忍者クノイチスタイルに巻いて見せて、最後にもう一度おばさんを笑わせ、
「絶対また来るから、おばちゃん頑張ってね。」と言って店を出た。
吹雪は少しマシになっていた。
飛騨牛ホルモンは本当においしかったし、こんなにも心身ともにあったまるとは思ってもいなかった。
飛騨牛ホルモンとおばさんたちとの出会いは、私を久しぶりにまたただの旅人に戻してくれたような、そんな気がした。
岐阜観光大使の旅日記はまだつづく…