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マイケル・サンデルの「白熱授業」の終わり。

【終る「白熱授業」の時代】
既に時代はマイケル・サンデルの授業手法で出来る学生や社会人を望んでいない。それはAIが統計的手法で、できるだけ正しいと思われる答えを出す時代に変わったからだ。人はこの授業を受けてそれを「名授業」と称えれば称えるほど、AIとの競争に晒され、AIに負ける未来しかなくなる。

AIがマイケル・サンデルの「白熱授業」を殺すだろう。

【白熱授業はもう白熱しない】
マイケル・サンデルの授業の話は日本では非常に有名になった。

【道は選ぶものか】
彼の授業での思考実験の方法やテーマの作り方は「道は数個しかないがどれを選ぶか」というと言う問いを作ることによって、それ以外の新たな道を最初から閉ざしておき、問いを投げかけられる側に「知らず知らずのうちに創造性を閉ざす」という効果を生むために意識して作られている。

【その授業の作るのは「無意識」】
意識ではなく、現社会を生きていくための無意識をそのまま形成する訓練をするためのもので、その結果としての「どの道を選んだか」という統計はどうでもいいんだな。

【組織人として支配を受ける側】
これは言い換えれば授業を受ける側が「支配される側」になりやすいように、その人格を形成するために使われる、支配側の被支配側に対するコミュニケーションの手法の1つである、とも言える。これを繰り返すことによって「人生とは限られた選択肢のどれかを選んで生きるものだ」という考え方を植え付けるためのものだ。

【創造性を失うための訓練】
だから、彼の授業を多く受けると結果として創造性が失われる。言われたことを忠実にはするが、全く新たな道を自ら作る、というところに行かなくなる。

【「白熱授業」のモヤモヤの正体】
だから、彼の授業は「名授業」とは言われるものの、どこか納得行かないモヤモヤが残るんだな。この授業自身の明確な相対化こそが、人の創造性を作る。この授業を「名授業」として肯定すると、創造性は解放されない。少なくとも、この授業を受ける側は「そういうものだから」という相対化を忘れずにいたほうがいいだろう。

それがITとAIが変える時代というものだ。

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