32歳女、韓国にて学生時代の黒歴史を成仏させる
「んっぐ! うあああああああああああ!!!」
枕に顔をうずめて叫ぶ。
現在深夜2時。
スマホを見ていた旦那が
びっくりしてこちらを見る。
「ごめん、変な夢見たわ」
と言って私は寝ようと試みる。
が、全く寝れない。
実際は変な夢ではなく、寝る前に考え事をしていたら、芋づる式に高校時代の黒歴史を思い出してしまったのだ。
高校1年生、私は初めて彼氏が出来た。
同じバドミントン部であった同学年の男子だ。
この男子は元V6の岡田准一似のはっきりした顔立ちで、入部当初から私がイケメンと認定をしていた。
告白された瞬間は天にも昇る勢いで喜び、
とてつもない高揚感に浸った。
その日から私の日常はピンク色に染まった。
世の中のラブソングは全て私のものになった。
日々募る高揚感は限界を突破し、
私はついに気が狂い始めた。
「彼氏よ! 私を見て!」と言わんばかりに、毎日昼休みに友達を引き連れて、用もないのにわざわざ彼のクラスの前まで行き、大声で会話した。
きわめつけに、部活終わりに体育館から部室まで戻る道すがら、私の彼氏が近くに居るのを確認し、友達と当時大流行していたラブソングの大合唱を強行した。
GReeeeNの『愛唄』だ。
ただ泣いて笑って過ごす日々に
隣に立って居れる事で
君と生きる意味になって
君に捧ぐこの愛の唄
なんと素敵な歌だろう。
「流行りの歌だから歌ってんだよ~」
風に歌ったが、心の中では
「キミに、この愛……届けえええええ!!!」
と呪文をかけていた。
この大合唱の数日後、私は振られた。
TSUTAYAでラブソング関連のCDを見あさっている時に電話で「ごめん。別れよう」と言われたのだ。
付き合って4カ月目のことだった。
このように私の初恋愛はぐちゃぐちゃな状態で幕を閉じ、生まれてこのかた16年間感じたことの無い鈍痛を胸に感じた。
泣いても泣いてもこの痛みは取れなかった。
世界中のラブソングは敵になり、
私はマキシムザホルモンを聞くようになった。
この失恋以降、私の全ての恋愛がこじらせたものに変貌していく。
急に走馬灯のように全ての記憶が蘇った私は
羞恥心に打ちのめされ
舌をかみ切るところだった。
死にたくなかったのでとりあえず叫んだのだ。
ある日、私は旦那とテレビを見ていた。
岩井俊二監督の『Love Letter』という映画がちょうど放送されていた。
この映画は1995年に公開されたみぽりんこと中山美穂が主演のロマンス映画だ。婚約者を失った渡辺博子(中山美穂)は彼の事が忘れられずにいる。ところが、ひょんなことがきっかけで婚約者の同級生で、しかも同姓同名の女性と文通を始める。
というあらすじだ。
この映画は韓国で最も人気のある日本映画で、
道端で誰に聞いても「知ってる!」と返答がくるレベルだろう。
日本で言うならば『となりのトトロ』と同じレベルの認知度と言っても過言ではない。
この映画の何がここまで韓国の人々から愛されるのだろうか。
これは私の考えだが、ストーリーはもちろんのこと、日本独特のエモい風景や、小樽のノスタルジーな雰囲気、そして学生時代の回想シーンがとてもみずみずしく描かれているという点が主な人気の要因だろうと思う。
私の旦那は学生時代の回想シーンが好きで、
特に自転車置き場でのシーンがお気に入りだそうだ。
詳しくは実際に見て頂きたいのだが、簡単に言うと男子が好きな女子に意地悪する感じなのだ。
このシーンを見ながら「こいつぅ~! 可愛いなあ」などと、私の横で32歳の男がキュンキュンしている。
そこから
「日本の高校ってこんなでっかい自転車置き場あるの?」
「部活動はみんなしてるの?」
「図書委員なんてあるの?」
と質問してくる。
極めつけに
「学生の時彼氏いた? どうやった?」
という黒歴史に関する質問をしてきた。
あの出来事を客観的に話し、過去という墓に埋葬して成仏させてやろうと思い、全て吐露した。
すると「うわ! 恥ずかしい! 嫌やわそんなんされたら!」と大爆笑しながら聞いてくれた。
そして最後にぽつりと
「いいなあ。
青春って感じやなあ。
日本の高校に通ってみたいな~」
と言った。
そうか。
この人は中学生になると同時に大学入試に向けて勉強ばかりしてきたのだ。
韓国はどの大学に進学するかが人生を決めると言っても過言ではないくらい、大学進学が重要視されている。今はだいぶん変わったようだが、10年くらい前までは結構スパルタな英才教育が課されていた。
旦那によると、中学校はもちろん学校が終わると同時に塾に直行し、夜遅くまで勉強。夏休みなどの長期休みになると、その塾に加え英語専門の塾にも通っていたそうだ。
そして高校2年生くらいからは学校で「夜間自主学習」と呼ばれる自習に参加する事が義務となっていた。高校は夕方6時まで授業があり、それが終わってから夜10時まで自習し、家に帰ってから追加で勉強する。朝7時には教室に居たらしく、皆同じだった。
恋愛などする暇はない。青春を勉強に捧げてきたのだ。
私は私の高校生活が当たり前だと思っていた。
朝遅刻しそうになりながら登校し、
部活をし、
学校行事に勤しみ、
下校してから学校近くのコンビニ前でアイスを食べながら友達と喋り時間をつぶした。
ありきたりな高校生活だが、ちゃんと青春をしていた。
初恋愛の黒歴史だってそうだ。
初めての恋愛でどうやって気持ちを伝えたら良いのか分からかったのだ。
奇人のような行動を取ってしまったが、ちゃんと初めて誰かを大好きだと思えたのだ。
そして初めての失恋で死ぬほど泣いた。
これを青春と呼ばずして何と呼ぼうか。
とても輝かしい痛々しい大切な思い出だ。
旦那のおかげで16年越しに気づけた。
なんだかんだ私は青春していたんだな、という気持ちと共に黒歴史に手を合わせ、念仏を唱える事が出来た。今はすっかり成仏し、私の甘酸っぱい黒歴史は静かに眠りについている。
しかし昨年末、ところがどっこいな事が起きた。
日本に帰国した際、私の部屋の掃除をした。
今まで頂いた手紙を収納していた箱を久々に開けてみると、中から一つの折りたたまれたメモのような手紙が出て来た。
読んでみる。
「田中(仮名)くんへ。退学するって聞いたで。やから手紙で伝えれたらと思ったんやけど、実は……」
慌てて破り捨てた。あぶない。
新たな黒歴史が幕を開けようとた。
ていうか、どういう状況?
そしてなぜここにある。
黒歴史を一つ一つ成仏させる頃には私はきっとおばあちゃんになっているだろう。