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【書評】スウェーデンを代表するボディー・アクティビストがつづる「この体の歴史」(ヘレンハルメ美穂)

女性が安心して自分自身でいられる世界をめざして
スウェーデンを代表するボディー・アクティビストがつづる「この体の歴史」

タイトル(原語)  Kring denna kropp
タイトル(仮)   この体をめぐって
著者名(原語)   Stina Wollter
著者名(仮)    スティーナ・ヴォルテル
言語        スウェーデン語
発表年       2018年9月
ページ数      270
出版社       Bokförlaget Forum

 著者のスティーナ・ヴォルテルは画家、ラジオパーソナリティー、テレビタレント。近年はインスタグラムでのボディー・アクティビズムが注目を集めていて、フォロワーの数は18万人以上に及ぶ。スウェーデンの人口が一千万人を少し超える程度であることを考えると、なかなかの数字だ。

 本書は、そのヴォルテルが、自らの体をめぐるさまざまな経験や思いをつづったエッセイ集である。

 ボディー・アクティビズムは、日本ではまだ聞き慣れない言葉かもしれない。スウェーデンのオンライン百科事典 Nationalencyklopedin では、このように定義されている。

「ボディー・アクティビズム(Kroppsaktivism):さまざまな体形が社会に受け容れられることをめざして、規範的な美の理想に抵抗する活動」

 ヴォルテルの母は女優だったが、すらりとした体形を保つことに固執し、次女スティーナのふくよかな体を嫌っていた。長女ユルヴァは拒食症で亡くなっていて、その悲痛な顛末も本書に記されている。不自然な美の規範が姉を殺したのであり、「これは命にかかわる問題だ」とヴォルテルは言う。

 彼女はある日、キッチンで音楽をかけて半裸でひとり踊っているところを自分で撮影し、インスタグラムに投稿した。体を動かすこと、自分が自分であることを、ただ楽しんでいる映像だった。この投稿が広く拡散され、多くの人々の共感と賛同を集めた。

「私が思春期だったころに、私みたいな人がゴールデンタイムにスパンコールのドレスを着て踊っているところを、テレビで見られたらどんなによかっただろうと思う。姉もそういうものを必要としていたはずだ」(p.98)

 だが、寄せられたのは好意的なコメントばかりではなかった。「見苦しい」「恥を知れ」などの声。半裸で踊っているというだけで、男性からは「裸の写真を送れ」「寝てやってもいい」などと言われ、男性器の写真が送られてくる。女性からも「50歳を超えているのにみっともない」「だれも見たくない」「もっと痩せたら?」などといった声が少なからずあがった。

 いったいなぜか、とヴォルテルは問いかける。女性が自分の体を肯定して楽しんでいる姿をソーシャルメディアに投稿するのは、かならずしも男性を誘うためでもなければ、人の批評を求めるためでもないはずだ。女性の体は、ひとつの人格、独自の意思を持った、その女性自身のものではないのか? なぜつねに品定めされ、不要な意味づけをされ、非人間的な規範を押しつけられるのだろう?

 女性の体がその女性自身のものとして尊重されない傾向は、性暴力の問題にも直接つながる。ヴォルテルは #metoo にも言及し、彼女が十代のころからさらされてきた性暴力について赤裸々に語っている。気力を消耗するたいへんな作業だったはずだ。それでもこれからの世代のため、女性が安心して自分自身でいられる場所をつくるため、声をあげていかなければならないし、耳を傾けてもらわなければならない、とヴォルテルは説く。

 テーマは上記以外にも多岐にわたる。母との関係、ラジオパーソナリティーになった経緯、アート、母との和解、自ら母親になったこと……ときおり詩的な美しさもみせながら、適度にくだけていて温かみのある、著者の声が聞こえてくるような文体は、芸術家でありラジオパーソナリティーでもある彼女ならではかもしれない。ここにつづられているのは、スティーナ・ヴォルテルというひとりの人間の体の歴史であり、その体が生きた人生の歴史だ。

 体というものに投影される、あらゆる規範、幻想、思い込みを取り払ってみれば、残るのは「人はその体を通じて生きている」という単純な、しかし奇跡のような事実である。自分の体を肯定することは、自分の人生を肯定することにほかならない。それができれば、他者の体を、その人生を尊重することもできるはずだ。

 あらゆる意味で多様性の根底にあるのは、このシンプルな原則なのではないだろうか。自己を肯定することと、他者を尊重すること。自分や他者を見る自分のまなざしを問い直すこと。体という、だれもが持っていて、目に見えるわかりやすいところから、多様性を考える。そのヒントと力を与えてくれる一冊だ。(Miho Hellén-Halme

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次回5月8日(水)は種田麻矢さんがデンマークの本を紹介します。どうぞお楽しみに!


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