たねだ表紙大

【書評】同性を好きになるなんて…。デンマークのムスリム女子の苦悶を描くYA小説(種田麻矢)

タイトル(原語) For enden af din pegefinger
タイトル(仮)  ひと差し指の先っぽ
著者名(原語)  Kristina Aamand
著者名(仮)  クリスティーナ・アーマン
言語         デンマーク語
発表年                   2016年
ページ数               257ページ
出版社        Carlsen

『千一夜物語』の語り手と同じ名前を持つ17歳の女の子シェヘラザード(通称シー)が主人公のヤングアダルト小説。ある移民家族の物語だ。シーの両親はトルコ出身のムスリムで、現地の情勢悪化により当時7歳のシーを連れてデンマークに移住する。シーは一人っ子で、両親に愛され、期待されている。シーのことを「将来へ向かう私たちの弓矢」と呼ぶ父は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)で入院し、 シーが医者になることを望む母は夜勤をしている。そんな両親を支え、彼らの期待に応えるために、シーは真面目で勤勉なムスリム女子であろうと努力する。書くことが好きで、暇さえあればZINE(同人誌)を作っている。

 ある日、父親の入院している病院で、ティアというブロンドの女の子に出会う。ティアの母親も、癌で入院している。ふたりは徐々に距離を縮め、お互いに惹かれ合い、やがて恋人同士になる。

 親の期待や、自分に根付いている文化や宗教を大事にしたいと思う気持ちと相反し、ティアへの想いが抑えられず、シーは苦悶する。ある日、ふたりはキスをするが、その出来事にシー自身が混乱する。女子同士がキスするなんてあり得ない。それなのに、浮かんでくるのはティアのことばかり。

 デンマーク人が多数派の高校に通うシーは、学校側のシーへのあからさまな特別扱い——課外活動での豚肉抜きの食事や男子禁制 の寝室など——や、クラスメイトのオープンすぎる会話に困惑する。セックスしたことあるの? どこでヤッたの? どうだった? ムスリムの女子は、結婚するまで「清純」でいなければいけない。シーの家ではセックスどころか、からだの話さえ話題にならない。初潮が訪れたときも、母にさえ相談できなかった。ただ翌朝、血のついたベッドシーツを発見した母が、無言で生理用ナプキンをトイレに置いただけだった。

 本書では、文化の衝突の他に、イスラム社会における抑圧や干渉、公序良俗、並行社会、また”処女膜”再生手術の問題などのタブーやダブルスタンダードに触れている。ひとりの読者として特に深く考えさせられたテーマは、同性愛を嫌悪するイスラム社会の中で生きる同性愛者、いわばマイノリティの中のマイノリティ だ 。イスラムの教えでは、同性愛は重大な罪であり「病気」でもある——少なくとも本書の中では。シーのように「異常な」性的指向を持ち、文化/宗教の規範に挟まれ苦しむ若者のムスリムの存在は、実際デンマークのメディアで少しずつではあるが取り上げられるようになってきた。彼らは親や身内に告白することを恐れ、ひとりで苦しんでいることが多い。告白すれば、家族に縁を絶たれるか、周りから後ろ指を指される。この「後ろ指を指される」ということわざに相当するものが、シーの文化にも存在し、本書のタイトルでもある 。すなわち、社会規範から外れたふるまいをすると、集団で「ひと差し指の先っぽ」で追い詰められ、非難される。

作者のクリスティーナ・アーマン
 (写真: Amy Gibson)

 クリスチャンの母とムスリムの父を持つ作者は、ソーシャルワーカーとして働き、性の悩みを抱えたり、性的暴行を受け、誰にも告白できずにいるムスリムの若者たちを支援した経験を持つ。また国立病院の性暴力救援センターで勤務した経歴もある。このような作者の体験を元に描かれた本書は、保守派が喜びそうな内容であり、イスラム社会に対する偏った印象を与える恐れがあるが、作者は次のように述べている。

政治的な議論で悪用されがちなテーマについて執筆しているとき、いつもジレンマに陥ります。不都合なことは隠すべきか、それとも本で取り上げるべきか。それらを天秤にかけたとき、いつも頭に浮かぶのは若い世代です。彼ら自身が抱えている困難について書かれた本を図書館で見つけられるようにしたい。
(bog.dkでのインタビューより)

 本書は2016度Carlsen社ヤングアダルト小説新人賞を受賞した。
Maya Taneda

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次回5月15日(水)は よこのなな さんがスウェーデンのコミックを紹介します。どうぞお楽しみに!



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