「タイタンの妖女」、無関心と利用されることの天秤

「だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたら」と彼女はいった。「それはだれにもなにごとにも利用されないことである」――カート・ヴォネガット「タイタンの妖女」

最近昔の嫌な出来事についての夢ばかりみる。

そのせいで,かつて「利用されただけだったんだ」と思ってしまったことを何度も思い出してしまう。しかし,それは自分の勝手な思い上がりで,自分が利用されるかどうかは,自分で決められるはずなのに,自分で利用されることを選んだだけだったのだな,と思う時もある。

いずれにしろ,目が覚めるときは,ひどく気分が悪く,なんならうなされて目が覚めることも多い。


爆笑問題の太田光の所属事務所「タイタン」は,その名の由来をSF小説にもつ。それは,村上春樹にも影響を与えたことで有名な小説家カート・ヴォネガットの作品「タイタンの妖女」だ。


大富豪ラムファードは,愛犬とともに「時間等極率漏斗」と呼ばれる特異点にとらわれる。それにより,過去未来を正確に知ることができるようになる。彼は別の大富豪マラカイ・コンスタントに,「君は火星,水星,地球,タイタン星に行く。ラムファードの妻との子を設ける」と予言する。マラカイ・コンスタントはその後記憶を消されて火星に降り立つ。アンクという名前になり,来るべき火星人と地球人との戦いのための兵士となっている。ところが,地球に行くはずのアンクは,なぜか水星にいて,その後地球へ帰還する。新世界の神となったラムフォード再会すると,マラカイ・コンスタントはその新世界の宗教で断罪されるべき罪人で,アンクが実はマラカイ・コンスタントその人であることを知らされる。マラカイ・コンスタントは火星に行く途中でラムフォードの妻を強姦し,男児を設けていることも知らされ,彼とラムフォードの妻,その男児の三人はタイタンへ流刑となる。

タイタンにはトラファマドール星人のサロというロボットがいたが,マラカイ・コンスタントは彼に機械の部品を渡すことになる。今までのラムファードの計画その他すべての人類の目的は,このサロに部品を渡すことだった。よって,ラムファードもマラカイもその他の人類もみなトラファマドール星人に利用されていただけだった。

ラスト太陽系の異常でラムファードは太陽系から飛ばされてしまうも存在はし続け,愛犬とも二度と会えない状態になってしまう。三人しかいないタイタンの孤独のなか,ラムファードの妻はマラカイに「利用してくれてありがとう」という。


この物語では,だれもかれもが悲劇に陥っているように思われる。マラカイにしろ,ラムフォードの妻にしろ,ラムフォードにしろ,ロボットのサロにしろ,起きていることは悲劇である。トラファマドール星人に利用され,かといってそれで幸せになったかといえばそうではなく,トラファマドール星人のロボットも自殺し,救いようがないように思える。

それでもラムフォードの妻は前述のとおり「だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたらそれはだれにもなにごとにも利用されないことである」と悟り,自分を強姦し,タイタンに追いやる原因となったマラカイに感謝する。

自分を利用した人間に,私は「利用してくれてありがとう」といえるだろうか。

愛の反対は憎悪ではなくて無関心である。とはよくいったもので,集団無視はいじめにもなりうる。だれからも利用されない、ということは誰からも関心をもたれないということで,それは確かに不幸の一つではあるかもしれない。

この考えは,キリスト教国における「左頬をはたかれたら,右頬をさしだせ」という考え方ではないけれど,あまりに理不尽な出来事に関し,それを受け入れる一つの方法なのかもしれない。


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