いつか夢が冷める日まで
「あめの君はさ、何がしたいの?」
「え、何がしたいですか?」
「そう。自分の中でさ、何がしたいの? 色々あるんだろうけどさ」
「何がしたいのって、何て応えたらいいか、今 分からないですよ」
「あめの君はさ、頭の中がわちゃわちゃしてるから、そのノイズのせいで色んな事がパニック状態なんじゃないかな。
僕もそうだったし。あめの君は頭が良いからさ、いろんな事とか、賢い分、余計な事とか考え過ぎちゃうんじゃないかな」
「話遮って悪いんですけど 頭が良かったらこんな事になってないですよ。
それ解かってて言ってるでしょう?
良くないから、こんな所でこんな事してるんですよ 」
「そんなこと言わないでよー。それ酷くないー。
僕らだってさ、こっちだって頑張ってるんだしさー。
あめの君が来てくれるから嬉しくて「おもてなし」してるのにさー。」
「わかってます、わかってます。わかってますよ。だから ありがたいなって。僕もしてる事はしてるじゃないですか。解かってくれてます? 」
「それはそれで分かってるけどさー。
でもさ。でも自分もそうだけど、あめの君も、いろんな情報とかで、あれもしなきゃとか これもしなきゃとか、そういうので頭の中がワチャワチャしてしちゃってさ。
自分が何がしたいかとか 自分が何をしなきゃいけないかとか、そういう自分の事以外のノイズに縛られちゃって、自分を見失ってるんじゃないかな。」
「自分を見失ってるというか、道を見失ってるというか。普通に生きたかったのに普通の道から外れちゃってるんですかね 堂々巡りですよ 」
「余計な事では無いんだろうけどさ。ノイズに踊らされてるというか。
僕から見たら、訳わからなくなってるみたいに見えるから、あれもしないと、これもしないと、って一人で右往左往してるように見えるから 」
「右往左往。 ですよね 一人でね 」
「笑っちゃってごめんね。でも僕にはそう見えるかなーって」
「そうかもしれないですけど。だからと言って、今すぐ何か答えを出したり、答えを返したり、変えたりも出来ないですよ。
アキさんが今 僕に何を求めてるかは分からないですけどね。それは出来ないと思うし、無い選択肢だと思いますよ 」
「何も求めてはないけどさ。 もっと自分に素直にならなきゃ」
「素直にね 」
「だからさ。 もうちょい ここに居ない?」
「そう来るんだと思いましたよ 」
「なにー そんなこと言うのー?」
「そう来ますよね。そう来ると思ってましたよ。絶対そうだと思ってましたよ。話始めから、何個か選択肢はありましたけど、絶対こうなるとは思ってましたよ」
「何個かって言ってよー」
「いや、禅をしようって言ってた時みたいに。
例えば、もっと哲学というか人間の真理とか生き方の話をしてくるのかな、とか。ブッダとか悟りとか、それこそ禅とか仏教の話とかに行くのかな。
それか単純に、もうちょっとここに居なよって、帰る日の話になるのかなって、どっちかだろうなーって 」
「なんでよー。失礼だなー。笑う所じゃないじゃんかー。
僕は良かれと思って言ってるのにさー 」
「いや、言いたい事は分かるんですよ。ここまで来て、今回色々世話になって 」
「いや、こちらこそ来てくれて嬉しいし、ありがたいよ 」
「初日は失礼な事して怒らせちゃったかもしれませんけど。
僕もどうしようか迷いながら出した答えなんで。 今日、帰ります 」
「そうなんだ 帰っちゃうんだ 」
「また逢えますよ。また来ます。毎回、最後になるかもしれないって思いながら真剣に来てます。だから僕も真剣だからこそ、わかってください 」
「初日の事は一生忘れないよー。あれは酷かったなあ。人が一生懸命作った湯呑をさ。あれだってさ、凄い時間がかかってさ、失敗してさ。見たでしょ工房。 ああやって何日も何日もかけてやっとやっと作った作品をさ。
それをせっかくだから記念にプレゼントしたら、いきなり吸ってる煙草でジューって 」
「いやいやいや、ほんとあれはすみません。もう疲れ切ってて。
疲れて朦朧としてた上に、あれでしょ。もう楽しいのか笑っていいのか感動も凄くしてたじゃないですか。 だからもう訳わかんなくなって、僕も凄い長旅だったんですよ。
「長旅だったのは分かるけどさー 酷いよねー」
「いや、ちょっと待ってください。
これだけの荷物と機材抱えて、十時間以上かけて。やっと見知らぬ土地に夜中に着いて、着いた先は人っ子一人いない無人駅ですよ。しかも着いたのに誰もいない。携帯の電波も途中で無くなるし。
誰もいない絶望感って半端じゃないんですよ。
それで何とか迎えに来てくれて、会えて安心して、やっと家に着いたからって煙草吸って。
そこで、お皿みたいなの出されたら誰だって灰皿だと思うじゃないですか」
「灰皿じゃないよ。誰がどう見たって灰皿じゃないでしょ、これ。」
「いやいや真顔にならないでください、今見たら灰皿じゃないですよ。
灰皿じゃないかもしれないですけど。
あの時は、僕も疲れてすぐ寝たかったのをアキさん寝かしてくれなかったでしょ 」
「それは、あめの君が僕の大事な作品にジューって。」
「だから、それは ごめんなさい、って何度も謝ってるじゃないですか。
咄嗟に分からなくて、一生それは謝るんで」
「笑ってるじゃん。 僕、あの日、本当に傷ついたし、ジューって灰皿に目の前でされた時は、ほんとに刺そうかなって思ったんだよね 」
「いや、だから刺すのとか もう無しでしょって」
「笑い事じゃないよ 」
「笑うしか無いから許してくださいって」
「大事な大事な、我が子のような作品の湯呑に ジューって 」
「もう わかりましたって」
・・・・・・・・・・・・・
「あめの君、これからどうするの? 」
「え これからって、今日ですか? いつ帰るって事ですよね?」
「いや、これからだよ。 帰って何するの?」
「いや、まだ何も決めれてないですね」
「そんなので帰るの?」
「家の事もあるし。自分の事もあるけど。けど今はまだ自分でもどうしたら良いか分からないから決めきれないんですよ 」
「そういうのはさ、やってみて、それで決めれば良いんじゃない?
まずはやってみてさ。 やって後悔するのと、やらずに後悔するのは違うじゃん。いつも自分だってそう言ってるじゃん。だから今回だってわざわざ来たんでしょ。なかなか来れないよ、こんな所まで 」
「そうですよね 」
「それにさ、僕とあめの君の縁だってさ、神様のお導きだって。
だって、まさかさ、あの時から僕らがこれだけの付き合いになるなんて思ってもみなかったしさ」
「不思議な縁というか話ですね 」
「今から数えて何年前? 僕らいろんな所にいってるけど。毎回、電話くれたりさ、こうやって会いに来てくれたりさ。
ここなんて日本の端だよ。端みたいなもんだよ。普通じゃありえないよ 」
「人っ子一人いないですもんね」
「何 今、馬鹿にしてるでしょ」
「いや してないですよ」
「人っ子一人居ないは酷くない?」
「女子高生がいましたよ。
僕もアキさんが「歩いて10分の所を曲がって、少し行ったらコンビニがあるからー」って言うから出て見たら、曲がり角すら見えない延々一直線 」
「あれ絶景と言うか絶望でしょ」
「ほんと、ありえないでしょ。僕も暇だからって歩いて、何回か曲がったら、もうここがどこだか分からない。 あれ、あの自転車に乗った女子高生が現れなかったら僕ほんと途方に暮れてましたよ。あの女子高生どこまで行く気なんですか 」
「どこに学校があるんだろうね 」
「まさかですよね 」
「それで、今日帰るの?」
「今日帰ります」
「えー。なんで? 今のさ、今の流れだと、まだ少しは居る流れじゃない?
僕さ、まだまだ案内したい所があってさ。
こんな経験 もう二度と無いかもしれないよ?
草原とか湿地帯とか牧場とか、あめの君だって夕陽を見て何か感じて帰るって決めたんだろうけどさ。僕だって同じだよ。
今日だって仕事を休んでさ、ゆきちゃんも一緒に休んでさ。事情も社長に説明して「じゃあ休んでいいよ」って。わざわざ来てくれた友人がいるからって休みをもらったんだよ 」
「わかってます。わかりますから、その気持ちはありがたいし、理解してるんで。 だから。 夜に帰りますよ」
「何その即答」
「帰る事実は変えられないんで」
「何その上手く言ったみたいなの」
「上手くいってないですよ」
「でも帰るんだ。 それでも帰るんだ」
「すみません。 色々ありがとうございます。夜までまだいるんで」
「あ、夜なの?」
「飛行機では帰れないんで。 帰りは何日かかけて帰りますよ 」
「なんだ まだまだこっちで楽しむ気じゃーん」
「楽しむって言うほど楽しむ目的はないですよ。目的はここだから」
「じゃあ、僕も準備してるから、昼になったら車で出かけよう」
「どこ行くんですか?」
「飯食って、そこからはなるようになれで」
「そのまま駅まで送ってくれます?」
「いいよ」
「あーあ、これで帰っちゃうんだね。」
「これで終わりじゃないですからね、きっと 」
「きっとって何 また意味深なこと言うじゃん 」
「また逢えますよ 僕らですよ」
「僕らですよって何それ 一緒にしないでよ」
「せっかくの最期くらいそれくらい言わせてくださいよ 」
「またね じゃあ 」
「また 必ず会いましょう」
・・・・・・・・・
僕の釧路の夕日と 茶内の出来事はここで終わり。
忘れないうちに書いておこうと想う。
もうあれから3年が過ぎようとしている。
今も一瞬、茶内という地名を思い出すのに時間が少しかかった。
今頃はどこで何をしているのか分からない。
きっとアキさんと雪さんは夢見る軽自動車(バンドワゴン)で、次の夏に向けて走り出したのだと思う。