人間が変わっていく様を
今日も朝から母が祖母に対して煩く声を荒げている。
最近また祖母は血圧が高い。
朝、祖母が僕が風呂に入っているところに来て、フラフラすると訴えてきた。
「じゃあ病院に今から行く? フラフラしてるからデイサービス休みたいなら、今から病院に行くよ?」
と言うと
「デイサービスに行く」
と返した。
僕が風呂から上がるとデイサービスを休むと言う話で、祖母がまた母親とひと悶着していた。
僕が
「ばあちゃんデイサービス行くって今言ったばっかりや」
母
「行かないって言ってる」
僕がそのことを確認するとまた話をのらりくらりと二転させる。
僕が落ち着いて、どうしたいかを確認した。
その隣で母はまたうるさく大きな声で追い立てている。
デイサービスの迎が来たので、事情を説明し、僕が病院に送っていき、診察をし、説明をした上でデイサービスに行ってもらう事に決めた。
母にひとつひとつを分けて説明をすると
「だって血圧が高いって言うもん」
「あんたが送っていくとまた婆ちゃんがワガママになる。若いもんが年寄りの世話に振り回されるとか間違っている」
と言いだした。
問題や僕の説明している部分、内容とは違う。
反論してくるが、これは自分が指摘されている部分を誤魔化したい詭弁みた
いなものだなとすぐに理解した。
僕は
①ばあちゃんを病院に連れていく事で仕事のスケジュールには支障が無い事②仕事で向かう先との時間の約束が12時である事③病院で診察をしなければ最近の状態が分からないので誰かが行かなければならない事を、整理して伝えた。
母は子供が不貞腐れたような顔で僕を睨みつける。
少女老婆は70歳もなって、祖母は90歳にもなって、自分達がしている事がどのような不幸や連鎖を生んでいる事が一切見えないし、気が付きもしない。
説明をしても、
「わかった!!」
「あんたが言う事は分かったわ!」
と完全に小学生が必死で怒りをこらえているような顔で睨む。
顔は老婆のしわだらけの顔で睨みつけている。
僕は一言だけ
「完全に親と子供が入れ替わったな」
と余計な一言を吐き捨てた。
これ以上言うと
「あんたの給料一切払わんけん」
「今すぐ金払わんから出ていけ」
というのがいつものパターン。
僕も今までの自分がしてきた自業自得だから黙っている。
この毒親を殺すのは僕だ。
・・
それから祖母を病院に送り、車の中では穏やかに過ごした。
・・
病院に付くと、今日は看護師さんたちがご機嫌。
皆さんが綺麗で可愛い笑顔で楽しく僕にも話をしてくれる。
「ああ、男って馬鹿だなあ」と自分で思いながら一瞬の楽園。
けれど、今度は僕の主治医で恩人でもある先生が出てきた。
祖母もこの先生が主治医だ。
先生はハッキリ言って個性が強い。
ファンも多いけれど僕は先生の怖い顔、サイコパスな面も知っている。
先生は僕ら家族が婆ちゃんに怒ったり、きつく当たっていると思っている。
自分が運営している施設に婆ちゃんが行きたがらない理由を、僕ら家族が行かしたがっていないから来ない、と勘違いしている。
僕が昨日と今日の状況を説明した。
「ばあちゃんはご飯も食べて昼も夜も寝ています。本人は眠れないと言っていますが、十分寝ています。ストレスと言えば、母親とは言い合いはしてますけど、夜に眠れないのは昼に寝ているからかなと思います」
と説明すると
「ストレスって感じるかは本人が考える事やからな」
といい、完全の僕に対して敵意のある目をする。
カルテにも
「家族と喧嘩をしてストレスがある」
と書いているのを見て、僕は苛立ちが最高潮に達しかけた。
このボケ、サイコパス医者め。
とはいえ、この病院が僕ら家族の一生を面倒見てくれるわけではない。
どこまでいっても他人、どこまでいっても医者も仕事。金儲けだ。
黙ってほっておけばいい。僕は飲み込んだ。
あとは先生の機嫌が良いのか、看護師さんたちが笑顔なので。僕はそのひとに平和を感じながら、仕事に向かう事にした。
・・・・・・・・
お世話になっている社長のところに到着。
社長と奥様がいたので、僕は仕事の説明を始めようとした。
到着してみると、社長は髪を切っていてサッパリしていた。
それに気がつき髪型の話を僕がすると奥様が
「この人、年末から髪を切りに行きなよって言っても、「いける」って言って切りに行かなかったのよ。やっと切ったのよ」
と言うので
「ああ、僕も「いけるいける」「いくわ」って言いながらなかなか切りに行かなくてよく怒られてました。すみません、って感じですね」
と笑い話にして仕事の話を始めた。
内容は書かないが、社長は自分の中で計画や予定を考えているだけで、奥様や僕ら業者、お客様に対しても説明が足りない。
そして予定や工程が分からなくなり、細かな打ち合わせも自分の中の都合がお客さんにも理解されると思いながら話を進める。
また領収書含め、書類の作成を嫌がる傾向がある。
僕は今回の仕事でお客様からの依頼内容に、はっきりいって無理があると気が付いた。
少し常識的な考えや希望金額ではないと思い、難色を示している。
でも、その仕事を社長はどうしても欲しい。社長は僕に
「大丈夫、心配せんでも何とかなる」
とばかり言うが、お客さんから前回も少し苦情があった。
社長は
「うちは安いから」
と言うが、値段だけの話ではない。
「安くしたから」と言って、ミスがあれば苦情が入る。
苦情が入ると社長は
「それを言うんだったら、そこまでちゃんとする業者に頼めばいいのに」
と返す。
僕は
「無理なことは、出来る業者に仕事を振って、我々が出来る仕事内容を引き受けて仕事にしましょう。後々問題や、いちゃもんつけられても困りますし、僕もこのお客さんと今後のお付き合いがあるから、現場も全部見に行きましょう。それで他の業者にも連絡しましょう」
と、奥様の目の前ではっきりと伝えた。
奥様は
「この人、全部後から言ってくるし、全部自分の中だけでモノ言うから。しかも自分語で喋るから相手に伝わってない事も多い」
とため息をつく。
僕は、これは僕がそうだったことを自分で今は知っている。
「僕もまったく同じことをしてたんですよ。去年までそうでした。ごめんなさい、すみません」
「僕も母親もまったく同じような事ばっかりで、すみません、勉強になりました」
と笑って頭を下げた。
奥様は笑っていた。
これは僕の勝手な感想だけれど。
奥様の顔は僕や社長を、子供を見守るような顔でほほ笑んでくれていたのかなと勝手に思って感謝した。
・・
昨日、祖母の亡くなった妹であるミチヨおばちゃんの旦那さんが危篤状態で、亡くなった後の墓について、僕には血縁が無いが、おじさん側の親戚から電話があった。
僕はこの血族が嫌いだ。
おじさんの面倒は一切見ずに僕が10年以上お世話をしてきた。
それで危篤状態になったとたん、僕を完全に蚊帳の外にした。
僕は血縁者でも相続権も無いので、ここで御しまいだ。
おじさんも、はっきりいって学が無く、考える事が嫌いだった。
老後の事もお金の事も跡の事も何もかも全部を無視して、生きてきた。
そして、すぐに怒る人だ。
当然、向こうの血筋も同じ。そこらは僕の母親と似たようなタイプ。
すぐに声を荒げて癇癪のように怒鳴る人たちだ。僕も苦手だった。
でも今の僕から見れば、大したことが無い。
腹の中では
「ぶち殺すぞボケ、ばばあ。殴られん(こっちが怒らない)と思ってデカい声出したら、こっちが怯むと思うなよ、殺すぞ、死にぞこない老人が」
と思って高笑いしている。
何を向こうが言ってきても、それがつい言葉に出ないように。
笑いをこらえているのが限界だ。
僕は丁寧に丁寧に腰低く子供っぽく受け答えしていれば、相手が勝手に電話を切る。
ただ、今回の電話は態度が違った。
「墓じまいをしたい。おじさんおばさんの墓を墓守できないので終いたい」
と言うのだ。
僕はすぐに察した。
こいつ墓じまいの費用をこっちにも払って欲しいと言いたいんだな。
向こうが
「お墓を勝手に墓じまいにしたら良くないと思ってね。それで、なんていうのかな…」
と言うので、
「わかりました。ヒロコさんがおっしゃりたいのは、墓じまいの費用についてですね。どうしろと仰りたいんですか? 費用の負担の話ですよね。みなさんは当然相続もされるんですよね」
と即答で向こうの話を遮った。
「墓じまいの費用の話ですか?」
と押し込んだ。
向こうは
「いや、相続の事があるから、私一人では決められないからねえ」
「全部任せてくれるなら、こちらで片付けもさせてもらうんだけどね」
と言うので、
「そうだと思います。よく分かります。仰りたい事もよく勉強させてもらいました。こちらはお墓についてはお任せると、こちらの親戚にも確認して録音もしていますので、そちらに任せます」
これで僕は妥協点を打った。
・
向こうが
「おじちゃんが亡くなったら、あなたに連絡したらお葬式は来てくれるのかな?」
と聞くので
「僕は皆さんの気分が悪くなると思っているので、一切会いに行ってません。手紙を書いて渡しました」
と返した。
「いや、そんな事は無いから、お葬式には来てくれたらいいんだけど」
「わかりました。おじさんとは手紙を渡した次の日におじさんから電話をもらったので、十分です。おっちゃんは今は会話できるんですか?」
「いや、もう出来ないかな」
そこで電話を早く済ませて着る流れにした。
今まで散々面倒を僕に見させておいて、死ぬのを待っていたくせに、よく偉そうにモノ言えるなこのババア。死ね糞老害が。
僕は冷静に受け答えできた。
僕は朝から、母、祖母。病院の先生。いつもお世話になっている大好きな社長。
この経験を5時間くらいでこなしていたので、その一番精神的に苦しい電話を上手く捌けた。
・・
僕だって、おじさんの数円万円の遺産は欲しい。
正直欲しい。
僕は十年以上、おじさんの世話や手伝いをしてきた。
お小遣いをもらった事はあるが、財産をおじさんの血縁者(おじさんには子供がいない。財産はおじさん側の親せきが相続する)のような莫大な遺産はもらえない。
正直欲しいのは、人間の心理だと思って欲しい。
でも、これでいい。僕は勝てない争いはしない。
おじさん、おばちゃんから僕がもらったのはお金だけではない。
今こうして僕がモノを言えるようになったという力だ。
感謝と、去年まで頼りなかった僕に、
「責任感がある男になれよ」
と、会えなくなる前日の夜。
最後の電話で僕に伝えてくれた言葉が僕の受け継いだ財産だ。
・・
僕は当然その電話を録音している。
それは証拠という訳ではない。
たちの悪い電話や、めんどくさい相手との会話は録音する。
人はそれを録音は証拠にならないし、逆に犯罪になると言う人もいる。
僕は関係ないとは言わないがそれは優先視していない。
僕が何か裁判や、法的に見て、僕が被害や損害を受けるような話が出て、例え僕が負けたとしても。
僕はその録音で相手が喋っている言葉と内容が、法律で認められなくても、相手が本当に口に出していったことを重視する。
後からそれが何の役に立たない、自分の正当性を証明する証拠にならなくてもいい。
僕はそれを公表する。
相手が結果的にお金を僕から奪えても、相手の声で相手が非常識な事や無理難題を言っているという事を、僕は世間に晒す。
僕の怒りは、最終的には、
「お前、それ以上言うなら殺し合いにする」
それが今でも僕が絶対に許さない相手に対してする狂気だ。
逃げも隠しもしない。
ただ、それは必ず
「録音していますからね」
と相手に伝える。
「今の会話を録音しています」
ではなく、
「僕は書類に記名や録音を証拠にして、ちゃんと皆さんにも誤解や後から説明不足にならないように、全部記録しています」
と。
僕は基本的に
「録音などで証拠を残していますよ」
と言葉で僕の構えを伝えてから録音する。
関係ない人は、心配しないでください。
・・
今日はそのまま今に至る。家に帰ってきて今から眠りたい。
このまま夜になったら、その仕事のお客様のところに行って、費用はかかりますよ、と伝えてくる。