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『ワース 命の値段』を見てどういう人と仕事をしたいか理解した

2001年9月11日、乗客乗員計92人を乗せたボストン発ロサンゼルス行きのアメリカン航空11便が、ニューヨークの世界貿易センタービル北棟に衝突した。その17分後、乗客乗員計65人を乗せたユナイテッド航空175便が、世界貿易センタービルの南棟に突入した。


テロが起きた日のことはよく覚えている。私は仕事から帰ってきて、テレビをつけると、飛行機がビルに突っ込む映像が流れていた。何も理解できないうちに、友だちから電話がかかってきた。彼はすごく興奮していて、不安な世界の入り口に立って、フワフワした感じで、ずっと話し続けた。
「戦争になるぞ」と彼は言った。繰り返し流れるテレビの映像を見ながら、彼と話をしたことを覚えている。


映画は、2001年の同時多発テロの犠牲者家族への補償プログラムのプロジェクトの話だ。国が補償金を出すことを決定したのはいいが、国の予算にも限りがある。過大な補償金を請求をされても困るし、国や航空会社相手に訴えを起こされても困る。難業とわかっていて、手を挙げたのは、ケン・ファインバーグ弁護士。7千人の家族への補償プログラムの実施に、ケン率いる弁護士団が立ち上がる。

ケン・ファインバーグ弁護士は、引退間際のようだが、まだ野心もあるようだ。しかしそんな野心以上に責任感が強い。法律の実務家として、このプログラムを実施することで多くの人がお金を手にして、前を向いて生活できるようになるはずだ。

こんなタフなことをやれるのは自分しかいない。と、プロジェクトの責任者に手を挙げる。


が、事は簡単に運ばない。

ケンはとても頑なだ。決めたルール、決めた計算式で補償金を支払おうとする。ケンはとにかく、お金を払いさえずれば、被害者家族が救われるという第一義で動いている。

映画の冒頭、テロが起きる前、ケンは大学生に向けた授業で言い放つ。
「これは哲学じゃない。だから命に値段がつけられる」と。被害者の収入などから合理的に算定して、事故であれば、加害者側が実際に払える額を提示する。被害者の家族がそれに合意すればいい。それだけだ。


しかし、事件が起きたのは、あの世界貿易センタービルだ。投資家や企業経営者といった収入が高い人も多い。
最初の被害者向けの説明会では、被害者家族から
「うちの息子は消防士だ。消防士は投資家の命より軽いのか!」
と怒鳴りつけられてしまう。「一律の金額でいいのではないか?」という意見もあったが、それでは高所得者の被害者家族は納得しない。

そもそも被害者という線引きも難しい。どのブロックにいた人たちを被害者として補償するのか? 何日も経って被害に遭う人もいる。例えば、救命作業でアスベストを吸い込んで数日後に症状が出た場合も補償するのか?

そして相手は、それぞれの事情を抱えた7千人の家族だ。

事情を聞いているうちに弁護士たちも自分たちの取り組みに疑問を持つ。頑なケンも被害者家族へのインタビューに加わるようになって、自分のやり方が正しいのか? 制約が多いプログラムでもっと自分にできることがないのか? 毎日考え続けることになる。


英雄扱いの家族思いの消防士とされた男には、奥さん以外の女性との間に子どもがいた。子どもを補償するには、補償額が変わるために、奥さんにも事情を説明しないといけない。

同性のカップルもいた。ニューヨーク州なら補償されるが彼の住む州では同性婚は認められておらず、補償されない。ビルに取り残された彼が、最後に電話をかけたのは、そのパートナーなのに。

そして、補償プログラムへの申し込みは期限がある。実際に、いつまでも算定に時間をかけていては、家族の生活は苦しくなるばかり。納得しない被害者家族が多く、補償プログラムへの申し込みは一向に増えない。

悩みながら、逃げずに、どうしたらいいか考える弁護士たち。そんな奮闘をする弁護士たちと、悩みを重ね、だんだんと変わっていくケンの姿を映した映画だ。


私は、人の命に直接係わる仕事をしたことはないが、大規模なシステム開発という期限がある仕事の経験はある。期限までに多くの人の要望、時に矛盾する要望を飲み込んで、実装していくプレッシャーは身に覚えがある。多方面からの要望、プレッシャーがかかる。特に上に立つものはその矢面に立たされる。

ケンもここまでタフだとは思っていなかったかもしれないが、そんなタフな仕事に挙手できる人に憧れる。最初に書いた通り、ケンは自分が正しいと思っていて、他の人にはこんなことはできないという自負もあって、とても頑なだ。時に見下したような態度は好きになれない。

それでも、難しくてもやる意味があるという仕事に、真っ先に手を挙げれる人に憧れる。自分は最初に手を挙げることはできない。そんな自信はない。

だから、ケンのような人、難しい事業に真っ先に手を挙げれる人に、毎日笑顔でコーヒーを淹れてあげられる人くらいにはなりたい。ケンのような人に、一緒に仕事をしてくれて助かると言ってもらえるような仕事をしよう。苦しい場にも居続けよう。自分の仕事を信じて、厳しい日が続いても健康で立っていられるように、日々、自分の生活をコントロールしていこうと思った。

見終わった後、ちょっと背筋を伸ばして映画館を出た。そんな映画だった。

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のーどみたかひろ
いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。

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