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安堂ホセ『迷彩色の男』
安堂ホセさんの『迷彩色の男』読みました。
◆皮肉めいた言葉たち
読書家ではない私がこの本を読むきっかけになったのは、テレビの特集を見たからです。
特集で取り上げられていた本の一部が印象的でした。
「彼女いるの」
「ゲイだって噂あるけど」心臓が鳴った。
「普通ですよ」
普通ですよってなんだよ。自分で言っておいて鼻から笑いが漏れた。
ゲイじゃなくて普通ですよ、という意味にも、ゲイだけどそんなことは普通ですよという意味にもとれるその言い方を、私はなんとなくいいなと思った。
世の中への皮肉めいた言い回しが好きでした。
実際に読んでみると、やっぱりグッサグサ刺さってくる感じ良かったです。
私が特に好きだった部分いくつか紹介します。
「日本のパスポートがあれば世界中どこでも安心、っていう神話を一番実感するのは、俺にとってはここの受付」
それは身長が190センチ近くある私たちのちょうど頭上すれすれの、地上ではよく馴染みのある寸法だった。
あらゆる公共機関の扉や、交通機関の自動ドアとおなじくらいの、まるでこの国ではどう高く見積もってもこれ以上の身長は存在しないと規定されているような、あの高さだった。
「とくにホモ2乗だと」そういって、ぴんと伸ばした指で二人を交互に指した。
「2乗?」私は笑った。
意味を理解しているのに疑問形で聞きなおしてしまうほど、その言葉がおかしかった。
「性別を軸にしても、人種を軸にしても、おれたちはおなじだから」
「ノンケがノンケのことノンケって言わないのとおなじで、一生2乗にはなれないと思う。自分たちが日本人専だってことにも、死ぬまで気づかないんじゃないかな。…」
その渋滞にさっきまでいた、と彼が興奮気味に答えると、彼の友人たちが声を漏らした。
退屈しのぎへの期待を、悲痛さでコーティングしたような声だった。
ブラックミックスとゲイというWマイノリティとして日本で生きる生きづらさや無知な世の中への嘲笑を感じてすごく好きな表現でした。
◆ストーリー難しめ
そこまで厚くないので読みやすいかと思ったけど、私には正直理解が難しい作品でした。
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迷彩色の男といぶきの関係に気づいてから心のどこかでずっと復讐を狙っていた。
でも男との時間も幸せでその気持ちに気づかないフリをしていた。
でも、一度想像してしまえばもう逃れられない。
あのトイレで、「私」含め3人は想像してしまった。
トイレにいた知らない男も迷彩色の男と同じであり、ヘイトクライムはそれくらい何の関係もない人物によって引き起こされる。
→不条理な世の中への風刺
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ラストの大枠こんな感じかな?と解釈しましたが全く自信がありません。
迷彩色の男にいつから気づいていたのか、プロポーズかのようにアクセサリーを渡したのはなぜか、色々疑問が残るラストでした。
でもそんな疑問が残るくらい訳のわからない状況で自分たちはヘイトクライムの対象にされるという訴えだったのでしょうか。
◆キラキラした文章
内容は重めだし、ダイレクトな性描写もありますが、私はキラキラしたオシャレな文章だと感じました。
他意はなく、ベテランというよりは若い人が書く文章っぽいという印象を受けました。
光や色がしきりに登場して状況説明も詳しい、どこかInstagramを意識させるような、ビジュアルとして読み手に訴えかけるような文章だったように思います。
想像力が必要だけど、その分ダイレクト映像として内容が入ってきて、脳内で1本映画が作れそうでした。
◆〈いぶき〉が魅力的
風俗店の事件で被害に遭った「いぶき」は、「私」と地下の店でのみ会う関係でした。
しかも物語の冒頭には既に事件が起きていて、「いぶき」が登場するのは回想シーンのみです。
私の肌感ですが、「いぶき」のシーンは全体の10%ほどだった気がします。
間違ってたらすみません。
でも印象としてはそのくらい「いぶき」のシーンは少なかった。
でも、「私」を通して見る「いぶき」はいつもキラキラしていて、魅力的で、想い合っているように見えるけど何も掴めない、そんな彼を事あるごとに思い出す「私」は、きっと「いぶき」に夢中なんだろうなと思って読んでいました。
登場シーンが少ないのに読者にこんな印象を抱かせる「いぶき」のキャラ作り素敵でした。
ここだけ見るとアウティングに悩むゲイのカップルの話に思えます。
でも違うんですよね、単純なロマンスではない。
なんかもはや、ちょっと狂った「私」の純愛として解釈できたら楽なのにななんて思ったりもしました…笑
自身と作品を重ねる安堂ホセさんが伝えたいことは何なのか、前作の『ジャクソンひとり』も読んでみたいと思いました。