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詩日記

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日記的詩
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記事一覧

詩 「鯨の呼吸」

鯨の呼吸のような電車の乗降
吐き出されるものと吸い込まれるもの
ほとんど同じでまったく異なる
肩をぶつけ合い 足を踏み合う
睨み合い 怒鳴り合い 殴り合う 鯨の口内で
穏やかな波は醜い往来を流さない
底へ 呼吸を許さない底へ沈める
昨日より暖かい凪の水温

詩 「鴉」

夜は暗ければ暗いほどいい、
なぜなら誰にも見つかることなく、
わたしの悪事すべて独り占めできるから。

詩 「芽」

硝子のように澄んだ空気の
中で、
煌めく渇きは、凛と。

詩 「声の主」

呼ぶ声、
母か、妹か、
先生か、友人Kか、
あるいはそこのあなたか、
知る由なく尽きる、音

詩 「日常」

いつやめてもいいとおもいおもうようにして続けてきた日常を振り返れば、それぞれの日々は少しずつちがうようにおもえ、すべての日々はまったくおなじようにもおもえる。なんでもない日々の中に、たしかになにかあった日があったはずなのに、振り返ればなんでもない日々の連続だったようにおもう。これから先も、これまでの日々とちがう日々が、まったくおなじ日々として続くとおもうと、おだやかにかなしい。

詩 「瀬」

アスファルトのような砂浜とマグマのような海の境目は浅く深い。わたしではないだれかを呼ぶ声がはっきり聞こえる。その声にまとわりつくわたしを呼んでいるような声も聞こえる。定かではない。少しずつ遠ざかる声、溺れながら優雅に浮遊する。

詩 「詩を書く」

言葉の破片を拾う。
時に、手指の隙間からこぼれ落ち、
時に、同じ破片を何度も拾い、
時に、手に傷を負い、
それでも、また言葉を拾う。

探していた言葉はたいてい見つからないが、
思いもよらぬところですばらしい言葉を拾う。

拾い集めた言葉の破片を、
つなげたり、ちぎったり、こねたり、まるめたり、
しながら、一編の詩を作ってみる。

ひとり、たったひとりで、
詩について考える。

詩を形成する言葉の

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詩 「眩い」

青と白、黒と黒、青と赤、
境界や輪郭の明確さは、夏の様
陽光が溢れて、微風が走る。
梅の木影の揺れが、眩い。

詩 「落下」

ハンカチの落下音が
静かに響いて
同時に踵を返す歩みは速く
それより速い北風が登り坂を一気に駆け上がる

詩 「夜、」

夜、洗濯物の乾きが揺れる。たったひとつも星が輝かぬ見上げる空、呼気の白さはのびやか。冷めたほうじ茶の甘さが、冷えた体内でゆっくり焼けていく。

詩 「苦」

本当の事
言えないぼくは
ほんとのこと
いいたいんだ、ずっと。

詩 「冬、春」

昨日の続きの今日

曇空の隙間ない広がり
街の輪郭を縁取る小川の渇き
行き交う電車の間に吹く風の速さ

進み続ける
刻み続ける時間が
今が今であることに無自覚な身体を
ただひたすらに揺さぶっている

ほろ甘い微香が
曲がった背筋をぐっと引き上げると
やわらかい音が鳴って
瞬間が止まった