侠客鬼瓦興業 第33話「美女と哀愁のゴリラ」
赤丹、水チカ、ツンパ、パイオツ余禄付き
銀二さんと口ひげの山さんに言われた余禄という言葉に、僕は期待を膨らませながら金魚すくいの準備に勢を出していた。
大きな水槽に大量の金魚を流し込んで、酸素をセットしたところで、僕はとなりでたこ焼きの準備をしていた銀二さんのもとへ顔を出した。
「銀二さん、一通りできました」
「おう、俺の方の準備ははもうちっとかかるから、これでみんなの弁当かってきてくれよ」
銀二さんは三寸にぶら下がった袋からお金を取り出すと、僕に手渡した。
「大通りに出たら、保育園があっから、その横の弁当屋で、俺と鉄と追島の兄いは幕の内大盛な、お前は好きなの選んで買ってこいよ」
「はい」
僕は銀二さんに返事を返すと境内の外に歩いて行った。
大通りに出ると、これから祭りのせいか、町並みにはぞろぞろと人が集まり始めていた。僕は銀二さんに教わった弁当屋さんにつくと、幕の内を4つ注文し、外で出来上がりを待ちながら、隣にある保育園の園庭を眺めた。
そこでは小さな子供たちが可愛いはっぴ姿で、楽しそうにはしゃいでいた。
「はーい、みんな、こっちに集まってー」
一人の保母さんが教室から出てきて、子供たちに明るい笑顔で声をかけると、子供たちは嬉しそうにその保母さんのもとに集まって行った。
「先生ー、見てこの子、お砂場で見つけたんだよ」
一人の女の子が片手に小さなトカゲをもって、保母さんの前にさし出した。
「わー、こわい、ユキちゃんが捕まえたのー?」
「うん」
「すごいね・・・、でもねユキちゃん、この子にもお父さんとお母さんがいると思うんだ、だから逃がしてあげたらどうかな?」
保母さんは、やさしくトカゲをもった女の子に話しかけた。
「草むらの中できっと、この子のお父さんとお母さんも会いたがっていると思うし、この子だって同じだと思うよ」
その言葉に少女はじーっと考え込んでいたが、やがて静かにうなずいた。
「この子もパパに会いたいんだ・・・」
「うん、きっとそうだと先生思うんだ」
「わかったー、ユキこの子、逃がしてくる」
少女は素直にそう言うと、保育園の花壇に向かって走って行った。そんな少女の後ろ姿を保母さんはやさしく見つめていた。
「きれいな保母さんだな・・・」
気がつくと僕はその保母さんに見とれて、思わずそうつぶやいてしまった。
「あっ!?」
「な、何を言ってるんだ、いかんいかん、僕にはめぐみちゃんという心に決めた人がいるんだ!!」
僕はそう言いながら自分の頭をごんごんと拳でたたいたが、少したつと再びその保母さんのことを目で追いかけてしまっていた。
「まあ、見るだけなら、浮気ってわけじゃないか・・・」
勝手にそう言いながら、そのきれいな保母さんに目を移した時、僕は思わずはっとした。
僕と同じ様にその保母さんをじっと眺めている、もう一つの巨大な物体が!
なんと保育園の外の茂みの中から、マウンテンゴリラが園児とその保母さんを見つめていたのだった。
「ゴ、ゴリラ?・・・って!?」
「あーーー!?」
気がつくとそれは、ゴリラではなく追島さんだった。
僕はあわてて塀の影に隠れると、茂みの中で保母さんを眺めている追島さんに目を移した。
追島さんは切なそうな顔で、子供たちに囲まれて微笑んでいる保母さんを、じーっとながめていたのだった。
「追島さんが・・・!」
僕はふっと倉庫の中で目撃した、追島さんの泣き顔を思い出した。
(あの時の涙は、もしかして恋の涙!?)
その時、隣の弁当屋さんから、大きな声が聞こえてきた。
「幕の内4つご注文のお客さーん!」
「あっ、はい!」
僕は慌ててお店の中に入ると、おばちゃんからお弁当の袋を受け取り、ふたたび保育園の外の茂みを見た。
「あれ?いない・・・」
さっきまで茂みの影で、切なそうに立っていた追島さんの姿は、すでに消えていた。
僕は首をかしげながら、保育園の中を覗いた。そこにはトカゲを逃がしてきてうれしそうに報告しているユキちゃんという少女を、やさしくほめているきれいな保母さんの姿があった。
「あんなにきれいな人だもんな、追島さんが好きになっても不思議じゃないかな・・・」
僕は保育園の中を眺め、独り言をつぶやきながら、お弁当をぶら下げて境内へ戻っていった。
参道の脇はすでにたくさん露店でにぎわっていた。僕は恐る恐る、追島さんのいるイカ焼きの三寸に近づいていくと、そこには一人ぼーっとタバコをふかしている追島さんの姿があった。
「あ、あの追島さん・・・、お弁当です」
僕はそっと、買ってきた幕の内を袋から差し出した。
「おう!」
追島さんはぶっきらぼうに受け取ると、恐い目で僕を見ながら話しかけてきた。
「新入り・・・」
「は、はい」
「今日見たこと、誰にも言うんじゃねーぞ・・・」
「はっ?」
「は、じゃねー、倉庫で見たことだよ」
追島さんは弁当のふたを開けながら、僕につぶやいた。
「は・・・、はい!」
僕が返事をすると、追島さんは静かにうなずいて、幕の内のご飯を口にほおばった。
僕はそーっと、その場から離れ持ち場に戻りながら、再び追島さんのほうを振り返った。
そこにはどこか哀愁の匂いを漂わせた、ゴリラ・・・、じゃなかった追島さんの後ろ姿があったのだった。
つづく
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※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^
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