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子育て支援という掛け声だけが大きい昨今である。 団塊の世代の子女が就職するときの就職難を解消できず その世代が結婚しづらい状況を放置してしまっていた政府の責任は重い。 筆者が「希望格差時代」を書いたのは2004年だったとか。 今や格差は「確かにあるもの」と認識されているのではないか。 認識しないようにしているのは政府だけである。 離婚した母子が貧困なのは、夫が必ず養育費を払うようにしていないからであるし、母子福祉手当も足りないし、非正規労働者の収入も少ない。 手を付け始める
昨年の本屋大賞にもノミネートされていたというミステリー短編集。 五編の作品が載っている。 その内の三編に、小学6年生が関係している。 ミステリーだから、人間関係を書いてしまうこと自体がネタバレになってしまうのだけれど、窃盗、パパ活、殺人 と小学生が当事者であると考えると、なかなかに恐ろしい。(窃盗はここでは万引きではない) 最後の作品では 自分の子どものごく小さいときから離島で育てて、純粋培養的に育てているのをずっと動画投稿、時には生中継で拡散していた三組の親子。 子ども
ちょっと頑張って読了した。 紫式部の物語は、「源氏物語」を執筆する香子の物語だった。 だから、最初の「桐壺」を書いた時の心境とか、母や父が読み終えて何と言ったか、また父とともに越前に行った時の様子、音楽を合奏したこと、 そんなことが書かれているのだけれど、ほぼ、源氏物語の訳だった。 読んだ母が、これはあの和歌からこの物語からか と言い 父はあの漢詩の場面を下敷きにしたのか と的確に当て、 そして「それらよりすばらしい」とほめてくれる。 それから、登場人物の今後はどうする と
愚かなところはたくさんあって 愚かなところしかないのかもしれないけれど なぜ音楽にするとこんなにきれいなんだろうか 言葉にはならないのである。 願い事をかなえてくれる、あの「ジン」が出てくる話である。 この本の中に、一つだけ叶えられる願いをずっと考えながら 生きている人が出てくるのである。 読んだ後で頭の中に残ったのはこの人のことばかり。 本当に一つだけかなえたいことってなんだろうか ということ 人の一生は、それを考えるだけでも十分なのかもしれない。 たまに転生特典はな
「青の読み手」 「紅の魔女」 「黒の皇子」 に続く、最終巻。 紫の衣装は、女王の正装のようなものだ。 セシルは今回死にかけ、危うく女王の座を奪われかける。 その時に奪う方向で動いた政敵の筆頭が国教会の大司教。 貴族側では王位継承権のあるヘンリだった。 国内の政争に明け暮れているので 国境付近に死霊にされた敵部隊が現れても、 敵国ザスーンの皇子もいるという情報がもたらされても動かない。 動くのは「ルドン派」の修道僧たちだった。 サロモンの生まれ変わりが誰だったのか サロモ
紫式部の物語である。 実は著者の本を読んだことがなかった。 ペンネームがそもそも「源氏物語」の「帚木」と「蓬生」から 取ったのだそうで、知らなかったのでびっくりした。 五巻もある一巻目を半分ほど読んだ。 さくさくは読めないのである。 藤原氏の、曽祖父が誰とか、親王や正室の兄弟が とか 必要事項が多すぎるのである。三国志みたい。 それから、和歌も多く 漢詩も多い。 改めて、紫式部の頃の教養ということを考えてしまった。 「古今集」だの「白氏文集」だの諳んじる能力も努力も好奇心も
短編集である。 目次に並ぶのは 「泥棒」「放火」「逃亡犯」「夢と殺人」「誘拐」 社会の中で、上手くやっていけてない人物ばかりが出てくる。 自意識過剰で、人に認められたくて、見栄っ張りで。 それでいて努力も下手で要領が悪くて 正直になれないので人間関係もうまくいかなくて。 ニュースで聞いたばかり、みたいなストーカーの話もあった。 母親を殺した男と、母親のカードでちょっと逃避行をするとか。 ヒーローとかヒロインなんて呼べそうもない、人たちの小説。 最後の「誘拐」は、子育て
図書館に「響」があるのを見つけた。 芥川賞と直木賞を同時受賞するような小説をかける少女の物語。 マスコミには絶対出ないし嫌なことは暴力に訴えても やらないしやらせない、という破天荒な高校生の話である。 小説を書くという事にとても真摯で、書くことに対して投げやりになったりもう書けないのにぐずぐずしていたりする年上の小説家にも容赦せず、言いたい放題いうのだが、確かにその通り、と生き方を変える小説家もいるのである。 いろいろなところでめちゃくちゃだけれど潔い。 めちゃくちゃな大
三回分の鼎談を集めた書籍である。 一度目は、上橋菜穂子さんの「天と地の守り人」の文庫化にあたって というタイミングで。 二度目は、荻原規子さんの「RDG」(レッドデータガール)の完成記念に。 三度目は、佐藤多佳子さんの「シロガラス」の三巻目が出たタイミングで。 すっかり親しいのだそうだ。その親しさが会話に現れていた。 「守り人シリーズ」も「RDG」も「シロガラス」も大好物である。 三人で、登場人物が動き出すとか、「こういくだろうなというふうにはしないようにしている」とか
読み手を選ぶ「賢者サロモンの書」の読み手、ノアの話の三巻目。 今回は、人を操る「人形術」に操られ天使を呼び出してしまう。 油断である。 ザスーン帝国の皇帝一家が反乱によって赤ん坊に至るまで殺される。 他国に出ようとしていたアレクセイ王子だけが助かるが、呼び出した怪しい鏡のようなものを覗いたノアと目を合わせ、 「自分がサロモンの生まれ変わりで、お前が(弟子で敵の)レトだ」と 暗示をかけようとする。 目を合わせて暗示をかけようとする時点で怪しさしかない。 魔女狩りの生き残りが
「青の読み手」の続編である。 過去の魔女狩りの話が出てくる。 ルドン派と呼ばれる宗教団体。 男子修道院と女子修道院があるが、その昔、男子修道院が 女子修道院を「魔女」として告発というか売った過去がある。 虐殺された丘で、成仏できない修道女や魔女として殺された者たちの霊が 夜ごと(発光しながら)さ迷い歩き、人に憑りつくのである。 実はそれは悪魔の仕業で、青の読み手であるノアは、成仏できない者たちを助けることができたのだ。「サロモンの書」の力を借りて。 男子修道院の者たちは、魔
おばさんは Wild Ladies と訳されるらしい。 おばさんならすぐに「ワイルドだろう?」とスギちゃんを真似るだろう。 おばあさんなら ただの old ladies なんだろうか これって韻を踏む感じになるんだろうか おばさんが幽霊になって出てきても 日本人にはあまり違和感はないのではないだろうか。 ファンタジーとは思わないのではないだろうか。 「ロッカーの花子さん」という漫画があったけれど ファンタジーだとは思わなかった。私だけか。 (たたりとか呪いとかに関係が無け