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『龍の耳を君に』丸山正樹(著)

手話通訳士の荒井尚人は、コミュニティ通訳のほか、法廷や警察で事件の被疑者となったろう者の通訳をする生活の中、緘黙症の少年に手話を教えることになった。積極的に手話を覚えていく少年はある日突然、殺人事件について手話で話し始める。NPO職員の男が殺害された事件の現場は、少年の自宅から目と鼻の先だった。緘黙症の少年の証言は果たして認められるのか?ろう者と聴者の間で苦悩する手話通訳士の優しさ、家族との葛藤を描いたミステリ連作集。書評サイトで話題を集めた『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』に連なる、感動の第二弾。

ミステリーというより、事件簿の連作集。2篇に手話通訳者として関わり、ラスト1篇は、プライベートで知り合った緘黙症の子供を通じ、事件にも関わってゆく。

前作から2年後のお話だが、前作と違って主人公に関する事件ではないし、個別のエピソードなので、カタルシスは少なめ。とはいえ、ろう者というテーマは同じく興味深いし、前作ヒロイン瑠美があっさり離婚していたり、主人公が恋人みゆきと同棲するも、避妊問題や仕事の事でギスギスしていたりするので、主人公がどうなってゆくのか、ドキドキ読める。

第1話 弁護側の証人

ろう者が強盗の容疑者として逮捕されたお話。口話とはなにか、が詳細に語られ、訓練の壮絶さに驚く。先天的ろう者が口話を使うよう教育される事は、左利きを右利きに矯正させられるような社会の歪さを感じる。レベルが全然違うけど。多様性社会が聞いて呆れるな、と痛感。しかし都度筆談するより便利だろうし、正解のなさそうな問題だ。

物語の核心となるデフ・ヴォイスで思い出したが、25年くらい前、豊川悦司がろう者で、聴者のヒロイン(常盤貴子だった気がする)と恋に落ちるドラマがあった。最終話まで一回も喋らない主人公が、ラスト、ホームか踏切か、近づけないシチュエーションでヒロインを呼び止めるために、人前で名前を叫ぶシーンは感動的だった。あれで初めてデフ・ヴォイスを知った。

第2話 風の記憶

ろう者がろう者に詐欺を働く切ない話。犯人と心を通わすため、通訳の許す範囲を超えて思いを伝える主人公と、馬鹿にしきった警察との対比がまた悲しい。とはいえ、ろう者も人間。嫌な面もふんだんに有るだろう。美化せずそういう面も書いてくれるのは面白い。日本手話者と、日本語対応手話者の確執は前作で紹介されていたが、他にもろう者特有の嫌な面などあるだろう。読んでみたい気がする。書きづらいだろうけど。

第3話 龍の耳を君に

龍は角で音がわかるので、耳が退化し海に落ち、タツノオトシゴとなった。という聾の語源が面白い。龍の耳と聞くと、黄龍の耳という漫画しか浮かばない自分が恥ずかしい。

正直、このお話は、事件の話より、主人公と恋人みゆきとの間の亀裂の方に目が行ってしまう。刑事になりたいみゆきは、裏金を暴いた荒井と一緒になると、刑事になれない。さらにフリーとなった瑠美と事件を通して再接近してゆく主人公。まさか乗り換えるのかとヒヤヒヤしながら読んだ。無事元の鞘に収まったけど、火種はそのままなので、次巻も楽しみ。

また、耳が聞こえない音楽家や、モリカケ騒動など、時事問題も取り込まれていた。前者については、障害者手帳の審査についてなのでわかるが、後者については、左的嫌悪感しか感じなかった。ろう者という、右も左も関係ない社会的テーマの本に、テーマと関係ない政治的揶揄はノイズだったかな。


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