僕の描く未来
時代とともに言葉は生まれ淘汰される。
気づけば「生きづらさ」という単語がすっかり定置してしまった。
20年くらい前は「やりづらい」とか「言いづらい」という使い方しかしていなかった気がするので
この単語が定着したのは相当ヤバイことだと思う。
もっとヤバイのは誰もが感じているのに全く解消される気配がないことだと思う。
いかに社会が捻れて歪んでしまったのかを表している言葉なんじゃないかな。
さて、僕は長いことピアサポートを続けている中で
少しずつ考え方が変わってきている。
もちろん相変わらずピアサポートに否定的でベルトコンベア式の支援しかしない人には嫌悪感を抱くので相容れない。
一方でその現実と向き合って何とか変えようともがいている支援者もいる。
精神保健福祉は精神科医療が強い権力を持っているので全体を変えようとすると途方も無い壁にぶち当たってしまう。
生きづらいと思う。
生きづらさを抱える人を支える支援者も生きづらさを感じていたら共倒れしてしまうかもしれない。
そして僕はそんな支援者を支えたいと思うようになった。
スーパーバイズではなく支援者を支えること。
そして支援者もピアも関係なく一緒に変えていけたら生きやすい社会にできるんじゃないかと思って活動を展開するようになってきた。
通所先と自宅の往復だけで部屋に戻ると一人ぼっちの当事者。
職場と自宅の往復で部屋に戻ると一人ぼっちの支援者はどっちも孤立していると思いませんか?
だとしたら感じることは同じだと思う。
同じ人間だから。
なら、一緒に変えていけるんじゃないかな。
より良い人生を送ることができる世の中に向けて。
それが僕のピアサポートになりつつある。
散々、喧嘩売っておいて何ですが…
僕が仲間と運営しているオンラインフリースペースの「ハマッチャ」はピアサポートグループだけど当事者会ではなく誰でも歓迎している。
当事者会も必要なのだけど精神障害者はコミュニティが狭い人がけっこういるので広げる意味もあってハマッチャは制限を設けないことにしている。
世代も何も関係なく色んな人と話をして笑ったりいらついたりしつつも楽しい場所。
世の中に欠けている場所。
それを僕は作りたい。
昼間はお年寄りが涼んだりお茶を飲んだり。
午後は近所の子どもたちが駄菓子を買ったりゲームをしたり。なんなら晩ごはんも食べていける。
そして夜は飲み屋にして夜の居場所に。
精神保健福祉士もいて社会福祉士もいる。
地域の施設や病院と連携して困りごとを解決する。
これが僕の描くピアサポートで今の夢でもある。
現状これを実現しようとしたら起業するしかないのでこれはこれで高い壁だけど同じ想いを抱く仲間がいれば何とかなるような気もする。
コンセプトである「地域全体の居場所」としてあらゆる世代が交流できたら色々な価値観や視点を持つきっかけに繋がって生きづらさを薄めていくことができるんじゃないかと考えて見つけた夢だ。
僕はいつか命を終えるときに
「色々あったけど楽しい人生だったな」
そんなことを思いながら微笑んで目を閉じたい。
僕の周りにいる人にもそう思ってもらえたらいいな。
実現するかはわからない。
でも挑戦しないと始まらない。
そのために僕は色んな人に会いに行きます。
ぜひこれを最後まで読んでくださったあなたにも会ってみたいと思う6月最後の午後です。
それでは、また。
アディオース!
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