望愛 (14/05/2020🕊️🔐🫂)

聖書を元に神様が私たちに与えてくださった御言葉と神様の愛を皆さんに分かち合いたいです。日々の生活などもブログでシェアします📸🎞️

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最近の記事

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9ヶ月ぶりの日本

    • 心の中の葛藤 ローマ12:2-3

      先日の礼拝のメッセージタイトルはemotional freedom で、インサイド・ヘッドの映画の主人公と私たち人間を照らし合わせていた。 私たちは堕落した世界にあり、人間の評価や基準、嫉妬、劣等感、比較、コントロールできない怒り、余計な不安などで、神様から離れてしまう罪の性質がある。しかし私たちキリスト者はこの世に合わせるのではなくて、(ローマ12vs2-3)私たちのあらゆる心の中の災いを神様に委ねることが大切だということを牧師先生が言っていた。でも、自分の力では、変えた

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        ニュージーランドの春🫶🏼🫶🏼

        • エレミヤ 8:8-12主の言葉に聞き従う

          主に立ち返るにはどうしたら良いのか?エレミヤ8~9節: 「8 どうして、あなたがたは、「私たちは知恵ある者、私たちには主の律法がある」と言えるのか。だが、見よ、書記たちの偽りの筆が、それを偽りにしてしまった。9 知恵ある者たちは恥を見、うろたえて、捕らえられる。見よ。主のことばを退けたからには、彼らに何の知恵があろうか。」 どうしてイスラエルの民は、神様に背いてしまったのか...?彼らは自分たちが知恵のある者とみなし、傲慢になっていたからだ。ここに「私たちは知恵ある者、私た

          箴言1:7 、9:10

          “主を恐れることは知恵の初め” 箴言を読んでいるとクリスチャンが正しい知恵をもつたについての教訓がたくさん示されている。正直まだ、”神様を恐れる” という意味がわからず、どう恐れるのか、畏怖の念をもつことなのか、理解するために聖書を読み続け、神様に毎回いのりの中で質問していきたい。

          エレミヤ 5:22, 8:4~

          前回の続きを共有します🙏 神様はまた、人に永遠を与えられた。(神は実にその一人語をお与えになったほどに世を愛された...それは御子を信じるものが...永遠のいのちをもつためである。ヨハネ3:16) 私たちはこの地上がすべてではない。 人は肉体的に死んでも”終わり”ではない。心の中にぽっかり穴が開いているような感覚がある。哲学者のパスカル→「人の心には、本当の神以外には満たすことができない、真空がある。」これは科学では証明できませんが、事実だ。人の心の中には、本当の神様しか

          エレミヤ8:4-5

          「主はこう言われる。倒れたら、起き上がるのではないだろうか。背いたら、立ち帰るのではないだろうか。どうして、この民エルサレムは背く者となり いつまでも背き続けているのか。」 (エレミヤ書8章4-5節) ⭐︎イスラエル🇮🇱=神の民、神様から離れてしまう。 自然の道理= 人は倒れたら、起き上がるものではないか。離れたら、帰って来るものではないか。 神様の民、ユダの民= 倒れっぱなし、神様からも離れたまま。 ⭐️私たちの人生には、つまずき倒れたり、失敗して自分を見失い、神様か

          試練・主と共に歩む道

          ニュージーランドに来て約1年2ヶ月が経った。異国の地でも神様に毎朝生かされて、健康が守られている恵みに感謝です。🙏🥹 昨日の牧師先生のメッセージで、 「自分の熱心で主を信じないこともある。自分が上をコントロールし、自分の思い通りに生きてしまうことがある」と。クリスチャンには誰でもよくあることだと思う。特に私がそうだ。しかしそのことに気づいて悔い改めることが大切だ。あとは主が助けてくださる。神様が絶対に最善の道に導いてくださる、と。クリスチャンであってもどうしても私たちは自分に

          試練・主と共に歩む道

          第二コリント6章14節 クリスチャンにおける結婚や恋愛

          あなたがたは、信仰のない人々と一緒に不釣り合いな軛につながれてはなりません。正義と不法とにどんな関わりがありますか。光と闇とに何のつながりがありますか」。信仰のない人をこそ愛すべきです。しかし、最も大切ないのちのつながりはありません。一緒にいても、光と闇という別の世界に属しています。それゆえ、愛しても、不義や虚無の世界に引きずられてはなりません。 第二コリント6章14節 私の兄弟で一番上の大学生の兄が恋愛について悩んでいる。彼が母に相談するとやはり母は、付き合うときはお互い

          第二コリント6章14節 クリスチャンにおける結婚や恋愛

          列王記下4章3節

          「するとエリシャは言った。『外に行って、近所の人々皆から、器を借りて来なさい。できるだけ多くの空の器をです。』」列王記下4章3節 預言者エリシャは、夫を亡くして生きていくことに行きづまった女性に、近くの人に器を借りて来なさいと告げた。驚くべきことに、その器には高価な油が満たされて生活は救われたのだ。なんと油を満たしてくださったのは神様である。自分の器だけではなく、人に頼ることによって生まれる恵みがあることを神様が教えてくださっている。

          エレミヤ8:23

          「わたしの目が涙の源となればよいのに。そうすれば、昼も夜もわたしは泣こう」エレミヤ書8章23節 主に18-23節にかけて、彼の嘆きのことばが語られている。エレミヤは、罪を犯し続ける南ユダの人々のことを嘆いていた。しかし、彼らをただ他人ごとのように非難せずに、同じ南ユダの国民である自分自身のこととして共に苦しんだ。涙するエレミヤの姿。それは神様の側に立つ預言者としてふさわしい在り方なのだ。涙を流してたたずむ姿においても、エレミヤは神様の御心を表している。この箇所は敵のもたらす

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          ‘24 上半期

          ルカ23:34

          イエス様はゴルゴダの丘でわたしたちの罪を背負うために御自分の命を犠牲にされ、十字架に掛けられ血を流された。そして彼は「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです。」(ルカ23:34)と言われた。 イエスの贖いにより、たとえわたしたちが失敗し、堕落をしてしまったとしても、悔い改めることによって赦しを受けること、そして他人を赦すことができる。イエスはわたしの罪、あなたの罪、そしてあなたをを傷つけたその人の罪を贖うために自らの命を犠牲にされたからだ。