ほんとにあった怖い話〜『廃村に巣食う魔物』〜
大学の仲間数人と行った廃村となった山奥の村で出会った者は、この世の者ではなかった。
これは私が30年前に実際に体験した話です。
当時、私は大学で薬学を学んでいました。
この話は、そんな私が大学のゼミのサマーワークショップで田舎の廃村に薬草を採取しに行った時に体験した話です。
事の発端は、廃墟や廃村の写真を撮る事を趣味にしている、私の知り合いが撮ってきた写真の1枚に珍しい薬草の花が写っているのを私がたまたま見つけたことでした。
私は、すぐに大学のゼミの教授に相談して、夏休みを利用してゼミのメンバーで、薬草を採取する為に、その廃村へ行く事が決まりました。
薬草採取に一緒に行くことになったメンバーは、私、ゼミの30代の男性教授、引率の50代の女性、同じゼミの女子大学生2人、他のボランティア活動で以前から交流のあった女子高生2人と小学生の女の子3人という大所帯でした。
珍しい薬草を手に入れられるかもしれないという期待感と未知の場所に探検に行くような高揚感に、その時の私は舞い上がっていました。
ですが、この時の私は、あんな恐ろしい体験をするなんて知る由もありませんでした…
薬草採取に行く当日、私たちは無事に大学で集合し、午前11時頃に目的地に向けて出発しました。
教授の車と引率の女性の車2台で目的地へと向かいました。
目的地までは車で3時間ほどで到着しました。
その廃村は岐阜県北部の山間地域にある川に沿った山の斜面に張り付くようにありました。
廃村に着いてから1時間ほど廃村を探索しました。
建物は朽ち果て、錆びた廃車なども転がっていて人影も全くありません。
知り合いの写真に写っていた珍しい薬草の花が咲いていたのは川の対岸です。
廃村の対岸は川を挟んで鬱蒼とした森が広がっており、案の定、対岸に行く為の橋や道なども一つも見当たりませんでした。
私たちは薬草を採取する為に川岸に降り対岸へ行く準備をしました。
川岸には古い2階建ての小屋があり、廃村になる前は村人は、ここから舟で対岸に渡っていたのかなぁと想像できました。
幸運にも、晴れていた事もあり川の水量は、それほど多くなく流れも緩やかだったので私たちは川の中を歩いて渡ることにしました。
まず、アウトドアに慣れている教授がロープを持って対岸の木にロープをくくりつけました。
その後で、私たちはロープを伝って対岸へ行きました。
対岸には様々な薬草が生えており、私を含めた同じゼミ生は興奮しました。
他のメンバーの女子高生や小学生の女の子たちは川で遊び始めました。
その日は暑かったこともあり、私たちも楽しそうな彼女らに釣られて水遊びに夢中になりました。
しばらくすると、私たちはゼミ生の一人がいないことに気づきました。
興奮して森の奥の方へ先に入って行ったのだろうと思い、私たちは、その子の名前を呼びました。
しかし、返事はありません。
私たちは言い知れぬ不安に駆られ、森の奥に探しに行きました。
しばらく森の奥へと進んだ所に、突然建物が現れました。
鬱蒼とした森の中に立つ、その建物は朽ち果てており異様な雰囲気でした。
その建物は造りが学校ぽかったので村にあった分校のなれ果てなんじゃないかと思いました。
当時の村の子供たちは毎日、あの川を舟で渡って学校と家を行き来していたのではないかと想像したら、今の朽ち果てた建物の姿との落差に物悲しさを感じました。
その時です。
廃墟の奥の方に人のような影が数人立っているのが見えました。
私たちが近づくと見知らぬ子供たちが何かを取り囲むようにして立っていました。
その何かを確かめようと私は目線を子供たちの下に向けました。
その瞬間、私は一気に鳥肌が立つのを感じました。
その何かは行方不明になった、倒れて動かなくなっているゼミ生だったのです。
私は再び、見知らぬ子供たちに目線を向けました。
私はすぐに、この子供たちは、この世のものではないと感じました。
なぜなら、その子供たちは、この夏の炎天下にも関わらず汗一つ流さず防空頭巾をかぶっており、生気のない顔色をしていたからです。
そもそも、橋も架かっておらず道路も繋がっていない川を隔てた対岸に、子供だけがいるはずもないのです。
私たちは一目散に川に向かって逃げ出しました。
川を渡って必死に逃げようとした時、川の中から無数の手が私の足や腕を掴んで水の中に引きずり込もうとしてきました。
私は恐怖でパニックになり、ただ私の体に纏わりつく無数の手を振り払っては岸に辿り着くことだけを考えていました。
その時です。
他のメンバーの悲鳴が聞こえました。
反射的に、そちらに顔を向けると、さっきまでいた川の対岸に、ボロボロの黒いワンピースを着た長い黒髪の女が、こちらを睨んでいました。
私は、すぐに、その女がこの世のものではないと理解しました。
なぜなら、一緒に薬草採取に参加していた小学生の女の子が何かに引っ張られるように、その黒い女の方へ引き寄せられていたからです。
引き寄せられた女の子は何かに取り憑かれたように無表情で動きません。
私も何かに強く引っ張られているように感じました。
私は本能的に、黒い女のいる方へ一度でも行ってしまったら女に連れて行かれる、生きては帰れないと感じ、必死に抵抗しました。
なんとか岸に辿り着いた私は、すぐ車に逃げ込みました。
私は、しばらくは何が起きたのか理解できずにいましたが、車に置いてあったラジオをつけたら落ち着きを取り戻すことが出来ました。
ですが、恐怖で車の外に出ることは出来ませんでした。
他のメンバーは、まだ一人も戻ってきません。
車の鍵を持っている教授が戻ってこないと車のエンジンがかけられません。
いつの間にか、あたりは薄暗くなり夜の帳がかかっていました。
車に置いてあった防災用の懐中電灯を見つけ、車の窓の外を照らしました。
懐中電灯で照らされた車の窓に、さっきの黒い女が笑いながら顔を張り付かせていたのです…
その後、どのようにして帰ったのか、よく覚えていません。
あの廃村で見た黒い女は何だったのか今となっては知る由もありません。