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カリンのおかげで、鬱々とした一日が幸せな気分で終わった話。

その日は朝から散々でした。
子どもと買い物に出かけるはずが、たまたまやっていたEテレの芸術の秋特集をうっかり観てしまい、朝ご飯が進まず。

そもそもテレビを観ながらご飯を食べるというだけでも子どもにはハードルが高いのに(大人だって場合によっては難しい・・・)、テレビ画面ではわんわん、サボさん、だいすけお兄さん達が勢揃いで楽しそうに歌ったり踊ったりしているのですから。

休みの日だけのたまのお楽しみとはいえ、やはりこれはすでに前途多難。そんなこんなでしばしば手は止まり、出かけられたのはようやくお昼近くになってからのことでした。


レトルトのカレーとブレブレの判断


予定していた地元野菜の直売所に出向くも、すでに野菜のおおかたは売り切れ。楽しみにしていた手作りドーナツも、ここでしか買えないというのに棚はすでに空っぽ。

隣でうなだれるわが子の様子に少し胸が痛みながらも、つい、

「だからね、やりたいことがあったら、そのとき何を一番大事にするのか考えて動かないといけないよ」

などと、これまた大人でも場合によっては難しいような選択を、さもえらそうに語ってみたり。

その後も、事態はなかなか好転せず。一度行ってみたいと思っていたカレー専門店では、「お子さまカレー」と称して、なんとレトルトのカレーが出てくる始末。

これは、お店の方に「子どもでも食べられる辛さですか?」と訊ねた時に、「お子様用のカレーがありますよ」と言われたのを真に受けてしまった私が悪いせいでもある。

妙に値段が安かったことをもっと疑問に思って、もう少しきちんと、「お店のカレーと同じものですか?」とか、確認すればよかった。しかしそれもあとの祭りで、仕方なく自分のものを分けて一緒に食べるも、それもじんわりと後味が辛くて子どもはほとんど食べられませんでした(その後、別の店でピザを食べるという…)。


そうして帰途につき、一日を終える頃には、わが子に申し訳ないやら、総じて自分の判断がブレブレだったことを悔やむやらで、どうにも暗い気持ちに。

・・・しかし、この日は懸案事項がもうひとつ。
こんなに疲れ果ててているというのに、昨日家族に手伝ってもらって、カリンを仕込みかけていたのだったと気づく。

カリンの "砂糖まぶし" 的なもの

硬くてアクが強いので、生のままでは食べられないカリン。マルメロにそっくりですが、皮の表面がつるつる、切ると種が整然と並んでいるのがカリンの特徴。

カリンは、10月下旬頃~この11月にかけて旬を迎える果実。先日のマルメロに続いて買い求めてみたけれど、冬にそなえてシロップを作りたいと思っていたのでした。

のど飴で有名なように、カリンの成分には冬にありがたいものがいろいろとあり、ホットドリンクにすれば体も温まるのでぜひとも作っておきたい。

しかしすでにこの前日から体調がいまひとつで、判断ブレブレだった私は、種を取るか?そのまま生で漬けるか?加熱して作るか?等々の点すら決めきれないまま仕込んでいて。

手持ちの黒糖、てんさい砂糖、氷砂糖を混ぜて

そうしてできあがったのが、この中途半端なカリンの砂糖漬け。
というか、まだまったく漬かってすらいないので、どちらかというと "砂糖まぶし" 程度のもの。

そもそもカリンの種は、そのままだと体内で有毒物質になる成分が含まれているので、しっかり日にちをかけて砂糖またはアルコールに漬けるか、加熱をするかしないと分解されないのです。

だんだん冷え込んできたし、すぐにでもシロップにして飲みたいのに、これでは時間がかかりすぎます。ならばということで、仕方なく疲れた体を引きずってキッチンへ。

種からも有効成分が出るからと言い聞かせ、種ごと煮る

こまめにアクを取りながら、鍋をじっと見つめる。
キッチン中にあふれる、カリンの華やかないい香り。しばし、うっとり。

しかし、ここでも私はぼんやりとしていて、ちょっと仕事で目を離したすきにカリンの鍋が噴きこぼれていることに気づく・・・。

もはや、大惨事。
砂糖と、カリンに大量に含まれているペクチンによってとろみのついた煮汁がコンロへとあふれ出て、それはもう、泣きたくなるほどにとろりときれいなツヤを放っていました。

とりあえず火を止めて鍋が落ち着くのを待ち、夜一人で黙々とコンロに粘りつくカリンの煮汁を掃除する時間。

ああ、なんと切ない。そして、なんてもったいない・・・。

部屋に戻ってきてぎょっとした表情を浮かべた夫氏が、見るに見かねて新しいペーパータオルを差し入れてくれた。ついでに、すみっこ掃除用のブラシまで。胸にしみ入ります、ありがとう。

それでもなんとか掃除を終えて、いい頃合いまで煮えたカリンのシロップ。ああ、なんとかできた。よかった。(半分くらいになってしまったけれど。)

最後の最後、瓶にシロップを移す時にまたカリンの果肉を盛大にこぼしてしまったけれど、さすがに哀れに思った夫氏がこれも後始末をしてくれる。

「とにかく落ち着け。」

とばかりに、二人でカリンの果肉にお湯を注いだ。

(これは翌日、落ち着いてから再撮影したもの)

温かい湯気がふわりと立ちのぼり、カリンの甘酸っぱい香りが部屋中に立ちこめる。

柑橘とも、りんごとも違うこの香り。
マルメロともやっぱりどこか少し違っていて、鮮烈で豊かな広がりがありました。

水分が引き出された果肉はすでにシワシワだったけれど、お湯を注ぐと徐々にふくよかさが戻ってくるよう。黄色い皮の色合いも美しく、その琥珀色の液体を思わずうっとりと眺めてしまいそうになる。

ひと口飲んでみると、やさしい甘さと酸味、そしてえもいわれぬ芳醇な香りが全身を包み込む。じわり、と手足が温まり始めて、その日一日、張り詰めて緊張しっぱなしだった体がゆるやかにほどけていくようでした。

現金なもので、この素晴らしい味わいのホットドリンクを口にした途端、全身が覚醒し、頭も心もスッキリ。

「よし、明日からまた頑張ろう!」

そんな風に思える、鮮烈でやさしい味わい。

この日のカリンシロップの味わいは、きっと忘れられない。
明日になったらまた家族みんなで一緒に飲もう。

まさに、幸福感を形にしたような香りと味わい。そんなイメージがわきました。

琥珀色のシロップ

琥珀色のカリンシロップ

そもそもこんなに硬くて渋くて、アクの強い果肉を、なんとかして食べようとした先人の志よ。

「よくこんなものを食べようと思ったな」と思える食べものはほかにもいろいろとあるけれど、カリンはその見た目の華やかさ(いかにも美味しそう!)に反して、そのまま食べると異常にまずいというギャップが激しすぎる。

なのに、熟した果実のかぐわしい香りに導かれ、これを根気よく煮ていくと、こんなにも素晴らしい味わいに出会えるなんて。

見知らぬ土地を疲れ果ててフラフラで歩き回っていた時に、ふと美味しいものに出会って元気を取り戻す、あの類いの美味しさ。

朝からの多難も、ドミノ倒しのように立て続けに起こした判断ミスも、もはやどこ吹く風。

うっとりするような色合いのこのカリンのシロップがあればもう、今日は一日これでよし。

そんな気分にさせてくれたカリンという果実と先人の心意気に、海より深い感謝を捧げた夜でした。(そして夫氏、ありがとう。)

おまけ レシピ覚え書き

かりん1kgはお湯でよく洗い、縦に4つ割りにして、皮・種をつけたまま5mm厚さの薄いいちょう切りにする。同量の砂糖をまぶしてひと晩置き、翌日出てきた水分と一緒に弱火にかけてカリンがやわらかくなるまでアクを取りながら煮る。あら熱が取れたら鍋の中身をざるにあげ、果肉と種をより分ける。シロップは清潔な瓶に詰めで保存し、果肉と種も別の保存容器へ。シロップは熱湯で割ってそのままホットドリンクに、果肉と種にもお湯を注げばカリン湯のできあがり。

※種は食べられないので必ず取り出して捨てること。
※今回は砂糖の1/3くらいを黒糖に。コクが増してとてもおいしくできる。

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本日も最後までお読みいただきありがとうございました。


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庭乃桃 にわの・もも | 料理・食文化研究家、文筆家
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