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読書紹介 ミステリー 編Part12 『空飛ぶ馬』

 どうも、こぞるです。
 本日ご紹介するのは、『空飛ぶ馬』です。北村薫先生は2度目の登場となります。前回は、名作揃いの先生の中でもだいぶ玄人向けな本だったのですが、こちらは北村薫の名をミステリー界に轟かせたデビュー作となります。
 当時、先生は覆面作家だったため、名前と作風のせいで若い女性だと勘違いした読者が続出したそうです。

ー作品紹介ー
「 私たちの日常にひそむささいだけれど不可思議な謎のなかに、貴重な人生の輝きや生きてゆくことの哀しみが隠されていることを教えてくれる」と宮部みゆきが絶賛する通り、これは本格推理の面白さと小説の醍醐味とがきわめて幸福な結婚をして生まれ出た作品である。

 この作品紹介、毎回hontoやAmazonから引っ張ってきているのですが、宮部みゆき先生の書評とかあとがき(もちろん作品も)って、すごい好きなんですよね。
 本書は文庫版の扉に、宮部先生の推薦文?のようなものが載っています。

昔々私

 こちらの作品は全て、文学部に通う女子大生「私」と、探偵役の落語家である円紫師匠が日常の謎を解いていくシリーズなのですが、特に特徴的なのは、主人公の名前が一切登場しないことです。そして家族の名前も出てきません(父とか母上とか姉とか呼ばれていますが)。
 高田崇史先生の千葉千波の事件日記シリーズも私の名前は伏せられていますが、そちらは、それが一つの読者への謎という遊びになっています。しかし、こちらの「私」はヒントすら出てきません。

 そんな「私」は花も恥じらう大学生で、昔読んだ時は、年上のお姉さんの青春の悩みだったはずなんですが……時の流れとは残酷です。
 もはや、円紫師匠と変わらない感覚で悩める「私」をやさしく見ている自分に気づかされますね。

あるある言いたい〜♪

 北村薫先生の文を読んで惚れ惚れするポイントとして、導入前のちょっとした前置きの1エピソードが、めちゃくちゃセンスがいいところを挙げます。
 ちくしょうという気持ちを書くためだけに、「こいくちしょうゆ」が「こんちくしょうゆ」に見えたエピソードを入れるあたりなんて、してやられちゃいます。

 そういった日常のふとした可笑しみって、よほど気をつけていなければ思い出すのが難しい部分だと思うのですが、北村薫先生は、それをサラリとやってのけます。でも、だからこそ、日常の謎と言われるように、ありふれたいつものお話から謎を生み出すこともできるんだろうとも納得が生まれます。
 ものすごくシュールな世界観を生み出す人よりも、個人的には、こうやって世界を捉えられる人の目というものを体感してみたいな、と思う今日この頃です。

ミステリーと小説の結婚

 これまでにも、この紹介文シリーズでもいくつかの日常の謎系のミステリーを紹介してきました。そして、ミステリー界でも、殺人が起こる本格ミステリー よりもむしろメジャーになりつつあるんじゃないかってぐらい、いろいろなものが出てきます。もはやミステリー作品に分類されないけれど、なんていうのもあったり。
 その中で、上記作品紹介に「本格推理の面白さと小説の醍醐味とがきわめて幸福な結婚をして生まれ出た作品」と述べられていますが、それがどういったことかと私なりに噛み砕いてみたところ、この作品に出てくる全ての謎は、物語や設定のためにあるわけじゃなく、全ての物語や設定は謎のためにあるわけでもないと言えるのではないかと思いました。
 
 一つ、日常の謎を考えてみてくださいと言われたら、まず何を考えますか?
探偵役をどんな職業にしようかな?じゃ、決まったから、その仕事に関わる事件を考えてみようとか、
この前自分の周りで起きたちょっとした事件をモチーフに描いてみようかな。じゃ、主人公はこういう設定にしたら、事件が起こりやすいだろうなとか、
 こういった感じが多いんじゃないでしょうか。何か一つのとっかかりから、生み出していく。
 この「空飛ぶ馬」を実際どう作ったかなんていうのは、私にはわかりませんが、読んでいて、すごくその境界のようなものを感じないなというのが、強く受けた印象でした。
 設定も謎もすべてが同時に生まれたかのような必然性と流れをもっている。そこに無理も感じなければ、かといってパンチ力が弱いこともない。謎は面白いし、主人公の心の機微も感じられる。

 仮にこの本に出てくる謎が解けなくとも、主人公の心にあるモヤは、いつか晴れるでしょう。晴れなくとも、自分なりの折り合いをつけて、前に一歩進んだでしょう。多くの人がそうであるように。
 でも、円紫師匠という名探偵が謎を解いたからこそ生まれた粋な「美」があるからこそ、より素敵な一歩を踏み出せた。この足場掛け感が、他の作品と強く違いを感じます。
 そう、あくまで円紫師匠は一歩の補助をするだけなのです。男女ペアのミステリーでありながら、お互いの精神的依存度が少ないことも、却って魅力的になっています。お互い気にかける存在であったり、尊敬する相手ですが、一番では決してないです。円紫師匠は小学生の娘さんいますし、一番は家族や芸事なんだろうな。

さいごに

 1989年。私が生まれるよりも前の作品です。スマホどころか、ケータイ電話も出てこないし、女子大生が一人で落語を見ていても、今ほどの珍しさはないのではないでしょうか。
 ただ、そこに古臭さは一切なく、変わらない一人の人間の心と、それを見守る、多くの大人じゃない人が夢見る大人の優しさが描かれています。
 ぜひ、読んでみてください。
 2020年7月現在、電子書籍版はないみたいですが、おそらく大きめの本屋さんであれば、だいたい置いていると思います。


それでは、このへんで。









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