水
水は不思議だ。
日常の中に当たり前のように存在するそれは、
ひと時も同じ場所に止まらないのだ。
桶に溜めた水は静止しているようで、そうでない。
あれらは人々が歩み、自動車が走る地の振動を吸い込み、僅かに波紋を広げるのである。
それが、いつからか、私には面白くて仕方がなかった。
何故、水はとどまれないのか。
何故、水というのは数として数えられぬのか。
私はシンクに置かれた茶碗に溜まった水や雨上がりのアスファルトに浮かぶ水滴を見る度に考えたものだ。
この水達は、私が生きている限りずっと同じ場所にあるように思える。しかし、そうではないのだ。
彼等は休む事なくその身を震わせて、常に流動し、絶えず変化して、その時々で異なる表情を見せる。
時に激しく、時に穏やかに、時に優しく。
それはまるで人間のようだと思った。
彼等は人と同じように日々移り変わる。
だから、面白い。
飽きる事がない。
雨は臆病な性格だ。雲が現れなければ何も出来ないくせに、いざ現れると途端に天邪鬼になる。
川は気紛れな奴だ。大雨になれば勢いよく流れ出す癖に、日照りになると急に大人しくなって、何食わぬ顔で石道の中程に佇む。
海もそうだ。
穏やかな時は心地好いが、荒れ狂う時の恐ろしさといったら筆舌にし難いものがある。あれは怒れば全てを薙ぎ払い、飲み込み、連れ去ってしまう。
水は美しい。だが、同時に恐ろしい。
だから、面白い。
永遠に私の心を魅了するのだ。
嗚呼、私も水になりたい。
そして彼等をこの身と一つにしてみたい。
淡い恋心のように思えるそれは、醜く歪んだ私の願望だった。
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